「クリスチャンを先に拘束しておくか、それができないなら最初から舞踏会を延期にすれば良かったのに……」
「それをしなかった結果、招待客達に強く印象付けられたのは謝罪を受け入れないヴィーダ王国とその第二王子ではなく、間違いなくアムール王国の元第一王子の失態だけだろうな。アムール王家は欲張り過ぎた」
王城の一室で紅茶を嗜みながらヴァネッサと舞踏会での出来事を振り返る。
「……どれ位待機するのかな?」
「エリック殿下達の話し合いがどうなるか次第だな」
あの後クリスチャンだけでなく負傷した衛兵の搬送や死体の処理で舞踏会は中止になった。招待客達が帰されるのと合わせて俺達も王城を後にするつもりだったが、エリック殿下が待ったを掛けた。
『アムール王国からヴィーダ王国に対する賠償内容……具体的に領土の譲渡、そしてルーシェ公爵家とセヴィラ辺境伯家の離反が発表されてない。今日の発表の時点で小細工をされたから、帰国する前に色々と話し合って詰めた方が良いと思うんだ』
エリック殿下と護衛のイバイ、公爵家と侯爵家に連なるものとしてレイナ嬢とアルセ、これはヴィーダ王国側の都合だが折衝を成功に導いたという立ち位置にしなければならないナタリアの五名は、今アムール王とエステル王妃と謁見中だ。
俺とヴァネッサはエリック殿下から遮音の魔道具を預かりセレーナと一緒に待機する事になった。
俺達の到着が遅れている事に気付いて迎えに来るであろう王家の影の人間は、この部屋まで通される手はずらしいので端的に言ってしまえば伝言係を任されている。
「本当に一緒に行かなくて大丈夫だったのかな? また何か企んでたら――」
「アムール王家も流石にそこまで馬鹿じゃないと思うよ? それにエリック殿下の身に何かあったら、デミトリさんが大暴れするって釘刺してたし」
心配するヴァネッサをセレーナが宥めているが、正直複雑な心境だ。
エリック殿下が宣言した時アムール王国陣営の人間の顔が引きつっていた……猛獣のような扱いをされてしまい少しだけ気が滅入るが、その程度で殿下達の安全を保障できるなら安上がりだと思うしかない。
「それにしても高価な遮音の魔道具を預けられるなんて、デミトリさんは本当に信用されてるんだね」
「有難いことにな……俺には過分な信用だと思うが」
「あ……あの……」
セレーナと話していると、居心地悪そうにソファの隅に座っていたクレアが手を挙げた。
「……なんで私もここに居るの?」
「当然の疑問だな……」
視界の端で給仕と称して俺達を監視している人間を盗み見る。遮音の魔道具の効果でクレアが何を言ったのかは分かっていないが、話し出した事に気付きかなり警戒している様子だ。
「上手く変装してるけど、あれは女性のみで構成されたアムール王国の王家の影の人間だよ……通称『夜鷹』」
「ふぐっ!?」
セレーナの発言に飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、無理やり耐えた結果気管に入ってしまい盛大にむせる。
「デミトリさん!?」
「大丈夫!? まさか気づかなかったけど攻撃を受けて――」
「ち、がう……だい、丈夫だ……!! むせただけだ」
なぜよりにもよって女性だけの部隊にそんな名前を――そうか、異世界の知識が無ければ知り様も無いか……。
「……武闘技大会で中指を立てられた時もびっくりしたけど、やっぱり――」
「そこまでだ」
クレアは俺がむせた理由にピンと来ているみたいだな。人差し指を口に当てて首を横に振る。
「遮音の魔道具を起動しているが監視が読唇術を使えるかもしれない。込み入った話をしたければ口元を隠してくれ」
「読心術……? だったら口を隠しても意味なくない?」
「何を……とにかく話をしたかったら口元を隠してくれ」
不思議そうに首を傾げたクレアが口元を手で隠してくれたのを確認してから話し出す。
「質問に答えるが……先程話し合いが行われていると言っただろう? その間お前のお守りをアムール王家に押し付けられた」
「えっ!?」
「反射の異能なんて手に負えないと思ったんだろうな」
「デミトリさんなら何とかなるから適任なのは分かるけど、勝手だよね」
「妙な動きをしたら次は私が……」
俺ならいつでもクレアを倒せるとでも言いたげな程自信満々なセレーナと、猜疑心を隠そうともしないヴァネッサを見て、クレアが肩を丸めてソファの上で小さくなる。
「そ、そうだったんだ……」
「一応忠告だけはしておく。おかしな真似をしたら次は問答無用で息の根を止める」
「っ!? わ、分かりました……!!」
これぐらい脅しておけば大丈夫だろうか? 口では何とでも言えるからな……一応いつでも対処する準備は出来ている。
「……あの」
「なんだ?」
「どうして私を治してくれたの……?」
「……治療をしてくれたのはセレーナだ。彼女に感謝するんだな」
「え、私はデミトリさんに頼まれたから――」
それはそうなんだが……。
「……あの扱いには腹が立ったし、あの状態じゃ罪を償う事も出来ないだろう? どこまでクリスチャンの計画に関与していたのかは分からないし、聞いた話だがお前は学園でルーシェ公爵令嬢にかなり迷惑を掛けていたみたいだな?」
「レイナさんには本当に悪い事をして……」
「理解して欲しいのは俺達が断じてお前を許したわけではないということだ。俺と、仲間と、ヴィーダ王国に今後迷惑を掛けたら先程も言ったが容赦しない。迷惑を掛けないなら……どう生きるのかはお前の勝手だ」
「ふふ、やさしいんだね……どう生きるのか、か」
俯いたままのクレアが深いため息を吐き、以前とは別人の様な低い声で呟きながら首を横に振った。
「治療をしてくれて、あの首輪から解放してくれてありがとう……でももうバッドエンド一直線だし、クリスチャン殿下と一緒に処刑されるだけだから迷惑は掛けないよ。心配しないで」