「……デミトリ達はもう大丈夫そうね」
「ヴァネッサも加護に縛られるんじゃなくて、自分と大切な人を守るために利用する思考に切り替えられてるみたいだし良かった……後はあの王子がしてる話し合いが上手く行けば一件落着じゃない?」
食い入るように水面を覗いてたトリスティシアが、ほっとした様子で固く結んでいた両手を解いた。なまじ私と違って自由に顕現できる分手出しをしないのに相当苦心してそうね……。
「で、扇声の異能を渡した子と愛し子まで倒されたあんたはいつまで私の領域に居座るつもりなの?」
「ふん。俺が居座りたくなくなるまでに決まってるだろ」
相変わらずめんどくさい奴ね……。
「その傲慢な態度と回りくどさのせいでフィーネに避けられてる癖に、改めるつもりはないのね」
「ぐっ……トリスにどうこう言われる筋合いはない!!」
「私の愛し子があなたのせいで死に掛けたのに……? またお仕置きされたいの……??」
「トリス、落ち着いて! 大事なのは全員無事な事でしょ?」
欲神……ディータスも無駄に噛みつかなければ良いのに。威勢だけは良いけどトリスには敵わないんだし、今もお仕置きをされてぼろ雑巾の状態なのに……。
「……俺の頼みを聞いてくれたら帰る」
「あなたとフィーネの仲を取り持つつもりは無いわよ」
「フィーネの事は俺自身で何とかする。頼みたいのは俺の愛し子の事だ」
「……あの子、このままだと処刑されると思うけど」
苦々しい表情を浮かべたディータスが頭を下げた。
「フィーネの為に動いて貰いたくて俺が唆かしたのが悪い。あの王子も良い恰好をしたかったのか、クレアには汚い企みをほとんど隠してたから加担もしてない。それを差し引いても、やんちゃが過ぎた部分があるのは認める! でもあの子は巻き込まれて死ぬべきじゃないんだ……」
「……欲神らしい自分勝手な考えね。唆した自覚があるなら、自分でどうにかしてあげればいいんじゃないかしら?」
「それが出来れば苦労はしないのはトリスが一番よく分かってるだろ? ……頼む」
「はぁ……」
欲しい物の為ならなんでもする性格なのは分かってるけど、トリスに頭まで下げて……本当に馬鹿ね。
「トリス、条件付きなら協力してあげてもいいんじゃない?」
「……え?」
「だってディータスはフィーネがあの国を守護するのに反対だったからって、勝手に神呪を国に授けて結果的にフィーネをアムールに縛った張本人よ? 失敗を取り返そうとして、アムールを滅ぼそうと暗躍してたのも全部裏目に出てるし」
国を滅茶苦茶にしてフィーネに見限らせようとしてるって聞いた時は本当に呆れたわ……ムカつくことに効果はあったみたいだけど。
「とにかくこいつは事態を悪化させる天才だから、断ったらまた余計な事するよ?」
「ぐぬぅ……フィーネの愛し子を死に追いやった国なんて滅んで当然だ!! 守護するに値しないのに、なんで分かってくれないんだ……」
気持ちは分からなくもないけど……考えなしに行動してフィーネと、転生したフィーネの愛し子をまた傷つけてどうするのよ……。
「クレアを助けられるとは約束しない、結果がどうなったとしてもディータスは今後ヴァネッサとデミトリ達にちょっかいを掛けない、この約束を破ったら二度とフィーネと会えない――」
「フィーネは関係な――」
「これ位条件に盛り込まないと安心できないディータスが悪い! これならどう?」
「確かに、フィーネと会えなくなる恐れがあったら他の二つの条件も破らないわね……」
条件の内容にディータスが絶望してるけど条件を守ればいいだけの話じゃない。それに……。
「……付き纏うからうざがられるのよ、いい加減妹離れしたら?」
「フィーネは俺が守ってやらないと……!!」
守ろうとして余計に苦しませたら本末転倒でしょ……。
「過度な庇護欲、欲神らしいと言えばらしいわね……私もデミトリに過干渉しない様に気を引き締めないと……」
トリスティシアが自分を戒めてるけど、ディータスとは比べ物にならない位気を付けてるからそんなに気にする必要ないと思うけど……。
「ディータス」
「……なんだ?」
不味い、トリスの神力がどんどん膨れ上がってく。
「クレアを助けた後、彼女がデミトリの仲間を傷付けたらデミトリは自分を責めるわ」
「それは――」
「今回だけお願いを聞いてあげるわ……代わりに私が求める条件は一つだけ。私の愛し子を困らせないで……? 困らせたら、どうなるか分かるわよね……?」
「!?」
あーあ……さっきまではデミトリ達が心配で見守るのに夢中だったからディータスの事を軽くあしらってたけど、トリス本格的に怒ってるじゃん……。