「ばっどえんど??」
セレーナが異世界の言葉の意味が分からず首を傾げたのとほぼ同時に外が騒がしくなった。
「なぜこちらに――」
「通してもらってもいいかな?」
警戒していると、固く閉ざされていた部屋の扉がゆっくりと開かれ第二王子のニコル殿下が部屋に入って来た。
「……何か御用でしょうか? エリック殿下をお探しなら――」
「違うんだ、僕が話したいのは幽氷の悪鬼殿達だよ」
よりによって貴族籍の人間が居ない時に……面倒だ。
「兄上が迷惑を掛けて本当に申し訳ありませんでした!!」
「!? ……私達は、ニコル殿下から謝罪を受け取る様な立場では――」
「馬――兄上が迷惑を掛けたし話し方も楽にしてくれて良いよ。ここに居るのもそもそも非公式だから……僕が何を言っても意味がないかもしれないけど、本当にごめんね?」
この場に居て貴族流の会話に慣れているのはセレーナ位か? 返答に困るな……。
「困らせちゃったね。大前提として謝罪を受け入れてくれるとも思ってないし、下手な事を言ってエリック殿下に迷惑を掛けたくないのも理解してるから心配しないで。ニコル・アムールの名において、この場で話された如何なる内容も他言せず利用しないと誓う」
セレーナの方を見ると、静かに頷いているのでこのまま話しても問題は無さそうだ。
「わざわざ誓って貰って悪いが……」
「皆まで言わなくても大丈夫だよ。僕と母上は君達だけじゃなくて、ヴィーダ王国にも悪い事をしたと本心から思ってる……それを知ってもらいたいと思った愚かな王子の我儘だと流してくれて構わない」
エステル王妃には触れたが、そこにアムール王は含まれないんだな……。
「僕がここに来たのは謝罪と、事前に伝えておいて軽く相談した方がいい事案があるからなんだけど」
「伝えておいた方が良い事?」
「今回の舞踏会での出来事の舞台化について何だけど――」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、ニコル殿下は真顔だ。
「舞台化?? 嘘だろう??」
「残念ながら本当だよ」
ちらりとセレーナの方を伺うと、微妙な表情をしながらまた頷いた。
「切実にやめて欲しいんだが……」
「……気持ちは分かってあげられるし、僕もこれから色々と大変になるのに舞台なんかに時間を割きたくはないんだけどね? そう言う訳にも行かないんだ」
色々か……確かに、アムール王があの体たらくでクリスチャンが失脚した今、立太子したニコル殿下はこれからかなり多忙を極めると思うが……。
「申し訳ないが、俺にも分かる様に説明して貰えないだろうか?」
「今回の出来事は確実にアムール中で噂になる。適当な劇団が舞台化してしまう前に王家が任命した脚本家に台本を書かせて、ヴィーダ王国とアムール王国の公認を得た舞台を発表しないと厄介な事になるんだ」
アムール王家が動かずとも舞台になってしまうことが前提なのは、国柄の問題か……。
「わざわざ公認の舞台を発表する必要は無いと思うが」
「観客を動員するために面白おかしく脚色する脚本家達が必ず出て来ちゃうのが問題なんだ。ある程度は取り締まれるかもしれないけど、逆に『王家に秘された事実を元にしてる』って思う国民も出て来て、嘘の情報が余計に流布される可能性が高い」
想像していた以上に深刻な状況に思わず頭を抱える。
「あり得そうな話だな……」
「僕達としてもこれ以上両国の関係を悪化させたくないから尽力はするけど、一度出回ってしまった嘘の情報を根絶するのは不可能に近い。アムール王家が今回の出来事の舞台化禁止令なんて出したら逆効果だしね……ネタに餓えた脚本家達が、捕まってもいいから一山当てる覚悟でこぞって台本を書き始めるのは目に見えてる」
「だから両国の公認を得た舞台を発表したいのか」
情報操作の手段として舞台が利用されることもあると何となく理解していたが、舞台が年がら年中流行っているアムールではここまで考慮しなければならないとは……。
「うん。事実関係を整理した上でヴィーダ王国とアムール王国の両国が事実と認めた公認の舞台が存在すれば、野良の脚本家が作った台本は既存の舞台を題材にした二次創作扱いになるから」
「……王家公認の舞台が存在しているのにわざわざ二次創作などするだろうか?」
「アムールではそれなりに多いよ? 不朽の名作だったとしても、流石に毎年同じ演目を公演してると劇場から客足が遠ざかるからね……主人公と恋仲になる相手が変わったり、不評だった展開を大胆に変更したり、途中から全く違う物語になる場合もある」
アムール特有の文化かどうか分からないが、いつの世も人は娯楽に餓えているんだな。
「事情は大体理解出来たが、改めて事実関係を整理する必要はあるのか? 起こった事をそのまま舞台にすればいいと思うが……」
「アムールの脚本家を舐めない方がいいよ……ちゃんと事前に説明しないととんでもない脚色をしたり演出の都合で色々と付け足したりするから」
「アムール王家が抱えている脚本家でもか……?」
先程からニコル殿下の視点がアムール人にしてはかなり珍しい、ヴィーダ王国寄りの価値観に聞こえるが……ニコル殿下の考えは裏でアムール王家の実権を握っているエステル王妃譲りなのかもしれない。