「脚本家の血が騒ぐんだろうね……僕の予想だと今回の件についてそのまま台本を書いて貰ったら『異国の冒険者が一目惚れした公爵令嬢と結ばれるために武闘技大会に出場。令嬢を手に入れるために優勝の褒美として令嬢と第一王子の婚約を解消してもらって、それでも令嬢を取り返そうとする王子と舞踏会で決闘して勝つ』みたいな恋愛物語にされると思うよ? そこからは流れでアムール王に公爵令嬢との婚約を認められて、めでたしめでたしって感じの台本が出来るんじゃないかな?」
パリン。
横で話を聞いていたヴァネッサが、力加減を誤ったのか手に持っていたカップの取っ手を握り潰していた。
「ヴァネッサ!? 怪我は!?」
「……大丈夫、ちょっと手に力が入り過ぎただけだから」
「ヴァネッサちゃん、はい」
セレーナが再生魔法で陶器を元の姿に戻し、掌に出来ていた切り傷も治っていく。
「要所要所で事実が混ざっているが、それ以外は事実無根で完全に創作じゃないか……!!」
「分かってるよ! だからこそ事前の確認が必要だと思って相談しに来たんだ。父上と母上からも、エリック殿下に今頃相談してる最中だと思うよ?」
エリック殿下達も大変な思いをしていそうだな……。
「エリック殿下、ないしヴィーダ王国の了承を得てない段階で僕が動いてるのは失礼極まりないのは百も承知だけど……このままだと君達はすぐにでも国を出てしまうよね?」
今晩中に出立する予定だったのには勘付いてそうだが、必要以上に情報は渡すべきではないな。
「今後についてはエリック殿下に全て任せている」
「……そっか。でもこうやって話せる機会も今後限られそうだから、差し支えない範囲で絶対に間違えて欲しくない箇所だけでも聞いておきたいんだ」
俺一人では判断が付かずちらりとセレーナの方を見ると頷いている。俺とレイナ嬢が恋仲ではないという程度の情報なら話しても大丈夫そうだ。
――――――――
「困ったな……」
「困る事なんて何もないだろう」
羊皮紙に情報を纏めていたニコル殿下が唸る。
「このままだと幽氷の悪鬼殿に恋の相手が居なくて抱えの脚本家も困るだろうし、この内容のまま舞台化したら……野良の脚本家達が深読みして、エリック殿下と幽氷の悪鬼殿の愛の物語に仕立て上げかねない」
「……そんなに戦争をしたいのか?」
「違うよ!! 王家じゃなくて、一般の脚本家がそうしそうってことだからね!? 恋の予感を匂わす程度でいいから、適任な相手は居ないかな? それこそレイナ嬢なら――」
「だめ!!!! ……です」
ヴァネッサが喉払いをして、かなり早口で話し始めた。
「レイナ様を恋の相手にしてこの舞台が流行ったらアムール王国では貴族なら領地事……平民であれば土地や家屋を投げ捨てて他国へ嫁ぐのが流行るんじゃないですか?」
「……可能性は否定できないね」
アムール人はどれだけ流され易いんだ……。
「それにレイナ様はクリスチャンと婚約を破棄したばかりです。舞台の演出としてデミトリと恋仲であると広めて、レイナ様が婚期を逃したらどう責任を取るんですか?」
「ぐっ、それは……」
「新しくヴィーダ王国に加わった公爵家の令嬢を軽く扱って、余計にヴィーダ王国との関係が悪化したら困るのはアムール王国ですよね??」
「そ、そうだね……!!」
ニコル殿下がヴァネッサの気迫に圧されているが、それよりも驚いたのはヴァネッサの予見の鋭さだ。
「凄いなヴァネッサ。政については不得意と言っていたが、もうそこまで読めるようになっているとは」
「……デミトリさんって変な所で察しが悪いんだね」
なぜかセレーナに呆れられてしまったが、構わずニコル殿下に質問する。
「そもそも恋の物語にする必要なんてないだろう? 冒険譚ではだめなのか?」
「いくら王国公認の舞台とは言え物語が人の心を掴まないと誰も見てくれないからね……観客に合わせないと面白おかしく脚色した二次創作の方が人気になって、そっちの情報が正しいって勘違いする人間が出てきかねない」
本当に面倒な国だな……。
「あの……」
それまで静かにやり取りを見ていたクレアが声を発した直後、ニコル殿下の表情が一気に険しくなる。
部屋に入った時からクレアの事を見て見ぬふりをしていたのには気付いていたが……彼からしてみれば今回の騒動の中心人物の一人だ、アムール王家が窮地に立っている要因として良くは思っていないだろう。
「どうしたんだクレア?」
微妙な沈黙に耐えられず俺の方からクレアに声を掛けた。
「最近、悲恋を題材にした舞台が流行ってますよね……??」
クレアの提案に真っ先に反応を示したのはニコル殿下だった。
彼自身は舞台にかほども興味がなさそうだが、国を運営する視点からそれなりに情報収集をしている様子だった。恐らくクレアが最新の舞台事情について語ったのに驚いたのだろう。
「……馬――兄上が色んな舞台の特等席を買い漁ってたけど……そう言えば相手は君だったね」
「っ……はい」
「それで?」
「私、死にますよね?」
当たり前の様にそう言いながら、力なく笑うクレアを見つめるニコル殿下の瞳には明確な疑いが宿っている。
「『死渡草の咲く丘で』……私も大好きな舞台なんですけど、無謀な恋を追いかけて悲惨な末路を辿る女の子が主人公で、今大流行してます」
「……」
「無理にデミトリ、さんに恋人を用意しなくても……実話を元にした悲恋の物語にすれば解決しないですか……?」
芸事について全く造形が深くないので判断できないが、クレアの言っている事が本当なら……創作ではなく実話を元にしているというだけでかなり引きはありそうだ。
「……幽氷の悪鬼殿の恋が主題の舞台だったとしても、君がかなり悪し様に扱われるのは想像に難しくない。君の悲恋を物語の本筋にしてしまったら、未来永劫悪女としてアムールで語り継がれることになるけど……それでいいの?」
「死んだら悪名なんて関係ないです……それに私にはこれ位しか償う方法がないから……」