イザンに肉薄したのと同時に魔力の揺らぎを感じ、急停止して後ろに飛び退く。そのまま駆けていたら自分がいたはずの場所に、地面から土の槍が生えてきた。
「馬鹿が、たてついた事を後悔させてやる!」
叫びながら距離を取ったイザンからまた、魔力の揺らぎを感じる。攻撃に備えて構えていると、ユーセフの命を奪った物と酷似した土の杭が飛来する。
身を翻して魔法を躱すと、背後から轟音が鳴り響く。
「もう依頼なんて知ったこっちゃねぇ、ぶっ殺してやる!」
イザンが連続で放ち始めた杭を避けながら、敵を観察する。
「さっきまでの威勢はどうした!」
――逆上している割に、遠距離戦を徹底しているな……
「逃げ回ってんじゃねぇ!ビビッてねぇでかかってこい!」
『いつまで逃げ回るつもりだ、グラードフ家の人間なら立ち向かってこい!』
イザンの発言と、いつかのボリスの発言が重なる。
――不自然なほど等間隔で魔法を放ってるな。避けながら、距離を詰める事自体は可能だが……
『誘いこまれた事にも気づかず、愚直に攻めるなこの出来損ないが!』
隙を突いて攻撃したつもりが、手酷い返り討ちにあったボリスとの稽古が脳裏によぎる。
――イザンの狙いは分からないが、魔力切れを待つのが得策か……?
「『この臆病者が! 逃げるな!』」
「……」
「なんだ、止まりやがって? とうとう諦めたか?」
イザンの言葉に先程までの冷静さが失われた。ガナディアを捨てヴィーダまで逃げ延び、ここでも逃げ惑うはめになっている現状に激しい怒りが込み上げてきた。
――もううんざりだ……
「……お前の挑発に乗ってやる」
「は!?」
一直線にイザンに向けて駆けだす。慌てた様子でイザンが魔法を再開し、放たれる魔法を避けながら一気に距離を詰めていく。
イザンの表情は焦っていたが、目がにやけていることを見逃さなかった。
「掛かったな!」
イザンの懐に潜り込み剣を振るおうとした瞬間、大量の石の散弾が襲い掛かってくる。
威力こそ弱いが不意打ちには絶好なその土魔法のことを、何度も食らって来た経験上良く知っている。
「なっ!?」
身体強化に物を言わせ、全身に浴びせかけられる石の礫を無視して剣を振り切った。高速で振るわれた刃が、イザンの首をいともたやすく刎ね飛ばす。
イザンの頭部が地面に到達してから、一瞬遅れて体も崩れ落ちた。
先程までと打って変わって、静寂に包まれた街道で呆然と立ち尽くす。
握ったままの剣に視線を落とすと、刀身を辿った血が刃先からぼたぼたと地面に滴り落ちている。
――人を……殺した……
手が震える。
――今はそれどころじゃない……取り敢えず手当をしないと。
身体強化を掛けていたが防具を着こんでいない状態で攻撃をもろに食らってしまった。
今は興奮のためか痛みを感じていないが、ぼろぼろになってしまったの服から血が滲んでいる箇所が見えるので無傷ではないだろう。
イザンの死体から目を背けて、力のない足取りで少し離れた位置で地面に座り込んだ。
――とにかく、傷を確認しないと……
そう思いながらも、動くことが出来なかった。ユーセフの死と人の命を奪った事実が重くのしかかる。
――何をやっているんだろうな、俺は……
考えも纏まらず、動けずにいると微かに馬のいななきが聞こえる。街道の方を見ると、遠くから土煙を上げながら馬に乗った集団がこちらに向かってきている。
慌てて剣を取り臨戦態勢に移る。逃げるべきか考え始めたのと同時に聞き覚えのある声が上空から聞こえてくる。
「デミトリ君! 無事か!?」
巨大なグリフォンに跨ったジステインが、緊迫した表情で宙から降りてくる。
「説明している暇がない、取り敢えず乗ってくれ!」
有無を言わさぬジステインの気迫に負け、彼の後ろに乗るとグリフォンが空に飛び立つ。
「逃がすな! 魔術士と弓兵はグリフォンの羽を狙え!」
馬車の位置まで到着した集団から放たれる攻撃を華麗に避けながら、グリフォンが空高く上昇した。数秒もしない内に、集団の声も攻撃も届かない高さまで到達した。
「ジステイン様……ユーセフが……」
「……皆まで言わなくていい、遠目だったが馬車の惨状は確認した」
「申し訳ありません……」
「君が謝ることじゃない……ユーセフの死は、私の失態だ……」
――何を……?
「まさか、開戦派がここまで馬鹿だとは思わず油断した」
「開戦派……」
「そうだ。君の見送りに行けなかったのも、きな臭い動きを察知して急ぎ調査しなくてはならないことがあったからだ」
『デミトリ殿、父も来たがっていたんだがどうしても仕事の折り合いが付かなかったみたいなんだ。』
ミケルの言葉を思い出す。
「詳しく説明したいが今はこの場を離れるのが先だ。飛ばしていくからしっかり掴まっていてくれ!」
ジステインがそういうとグリフォンが速度をさらに上げて飛び始めた。
地上との距離を意識しないように目を閉じ、暴風に晒されながらじっと空の旅が終わるのを待った。