――看守の人が来るまで後十七分二十一秒……。
アムール王城の独房で過ごし始めてから一週間が経った。最初は不安で圧し潰されそうだったけど今は何も感じない。
一日三度届けられる食事が厳重に閉じられた扉に備え付けられた引き戸から、部屋の中に看守が無造作に食事を押し込む周期を測理ながら、何もない壁を見つめてひたすら前世の記憶を取り戻してからの出来事を振り返ってる。
「なんであんなことしたんだろ……」
前世も今世も、私はどちらかと言うと内気な性格だった。運動も得意じゃなくて頭も大して良くない、変な特技を持った顔の形だけ無駄に整った女の子。
『――さんは何もしなくていいから! ……っもう、時間が正確に測れるって何? そんなのスマホで十分じゃない……会長の恋人だからって調子に乗って――』
『お前は余計な事をしないで、俺の横で笑顔を振り撒いてるだけでいい』
誰も私を見てくれない……お飾りとして終えた前世が悔しくて、今回は何者かに成ろうって意気込んではいたけど……。
「クリスチャン殿下に取り入って王妃になった所で、誰も私を認めてくれないのに……」
どうしてあんな行動を取ったのかも、なんで今更思考がこんなにクリアになってるのかも理解できない。色々と狂い始めたのは確か王立学園に入学してからだった。
前世のゲームの舞台になった学園、記憶と一致する人物の名前と容姿……いつしか、どんな手を使ってでも成り上がる欲で心が満たされてた。
しかもやってる事は前世の自分が辿った道の焼き直し……上手く行ってもクリスチャン殿下の付属品にしかならなかったのに……いくら馬鹿な私でも、本当に今の今までそれに気が付ない程馬鹿だったの?
『物凄く有用な特技だな』
ふとデミトリさんに言われた事を思い出す。
初めて特技を認められて嬉しかったな……セレーナさんもヴァネッサさんも真剣に使い道を考えてくれてたけど、あれは社交辞令じゃなかった。
どうせ処刑される私なんかに気を遣う必要がないもん……私って本当に馬鹿だ。デミトリさん達が言ってたみたいに、誰かの役に立ちながら認めてもらう方法なんて幾らでもあったはずなのに……。
「……どうしようもなくなってから色々と気づくのも、罰なのかな――」
「違うわよ」
「!?」
急に声がして振り向くと、私の座ってる粗末なベッドに腰を掛けた女の人の金色の瞳と視線が交わった。
「あなたは厄介な神に愛し子にされたせいで、この国に掛かった呪いの影響を受けやすいの」
「えっ!?」
「人の欲を増幅させる神呪は欲神の加護と相性が悪いわ。フィーネが呪いを軽減してたのに、加護のせいで一人だけ関係なく呪いの影響を受けてたみたいね……今はデミトリに助けてもらって冷静になって、贖罪欲が増幅されてる状態よ」
「ちょ、ちょっと待ってください……! 呪いとか加護とか、意味が――そもそも、あなたは誰ですか!?」
逃げ場のない独房の壁に身を寄せて身を護るために反射の異能を発動したのに、お姉さんは何事も無かったかのように手を伸ばしてきて、優しく頭をぽんぽんされる。
「なんで――」
「ディータスの愛し子だから少し心配だったけど、ちゃんと反省できる子は嫌いじゃないわよ?」
「ディータス??」
「あなたに異能と加護を授けた欲神の名前よ」
欲神……? そっか、そうだよね……私みたいな欲塗れな人間にはお似合いかも……。
「勘違いしてるみたいだけど、欲深いことは別に悪い事じゃないわ」
「……あんなことをしたのに?」
「欲は原動力……重要なのはその欲を向ける方向。今あなたが自分の行動を顧みて償いたいと思う贖罪欲も、度が過ぎなければ悪い物じゃないでしょう?」
難しい事は良く分からないけど、何となく言いたい事は分かる……かも。
「子を守りたいと思う庇護欲も、何かを成し遂げて認めてもらいたいと思う自己顕示欲も、心の赴くままに研究したいと思う知識欲も、全部欲には変わらないわ。生きていく上で大切な物よ」
「でも……私には、もう関係ないです」
お姉さんの言葉を聞いてると心が締め付けられる。もう、こんな事を聞いても何も意味が無いのに……。
「一旦場所を移した方が良さそうね」
「え?」
世界が一瞬暗転して、気付けば何もない草原のど真ん中に居た。
「え、ここは!?」
「ヴィーダ王国の……封印中に変わってたら申し訳ないけど、記憶が正しければジステイン伯爵領ね」
「ヴィーダ王国!?」
意味が分からない、もしかしてお姉さんって――。
「ヴィーダ王国の魔術士……さん?」
「……それは一旦置いておいて」
え、説明して貰わないと困るんだけど……。
「アムールを離れたらもう神呪の影響で欲に支配される事は無いはずよ、はい」
「これは……?」
「あなたが寮室に置いてた荷物。あのお馬鹿さんから貰った宝石類もあるから当分生活には困らないんじゃないかしら」
「……どうして私を助けてくれるんですか?」
私の質問に、お姉さんが首を傾げながら問い返して来る。
「デミトリ達に申し訳ない事をしたって気持ちに嘘は無いのよね?」
「……? はい」
「これ以上困らせるつもりも?」
「ないです?」
「なら、私から言う事は何もないわ……」
そう言ってお姉さんは闇に包まれて消えてしまった。一人取り残された草原で座り込んで頭を抱える。
まだ何も償えてないのに……ヴィーダ王国?? どうすればいいの……?
――――――――
「トリス!!」
「……ディータス、うるさいわよ?」
「なんでクレアをあんな草原に置き去りにしたんだ!? もっと手厚く――」
「約束は守ったわよ? ここからどう進むのかはあの子次第。 本当はヴィーダ王国じゃなくて、私の愛し子と関わる可能性が低いハラーン王国かガナディア王国に転移させても良かったのよ?」
「う、ぐぅ……」