「大変貴重な意見、ありがとうございました!」
「検証も無く当てずっぽうに言った内容だという事は留意して欲しい。万が一のことがあっても責任は取れない」
「もちろんです!」
本当に大丈夫だろうか……俺達の思い付きで今後誰かが不幸になったら流石に寝覚めが悪い。色々と話を聞けて満足そうなカミールの横で、話している間も基本的に沈黙を貫いていたリーゼが個室の扉を開く。
「話は聞けたから行くよ、カミール」
「ちょっと、リーゼさん……! 皆様、お時間を頂きありが――」
「「「「「!?」」」」」
スレイプニルの嘶きが聞こえて来たのと同時に強い衝撃と共にそりが停止する。何事かと思い窓の外を確認すると、逃げ惑う人々を無数の黒い影が迫っていた。
考えるよりも早く部屋を飛び出しそりの外に駆けると、同じように行動していたであろうニルとアルセと合流した。
「デミトリ、街道の先にも屍人が群がっている」
「そりを降りた時、街道の逆側には屍人がいなかった。スレイプニルの脚力ならあちらから迂回できないか?」
「奴らは急に現れた。恐らく地中に埋まって機会を伺っている……誘い込まれて囲まれてしまったら厄介だ」
「くっ……皆……!!」
状況は想像している以上に悪いらしい。
焦るアルセの視界の先で幽炎の対策部隊と思わしき者達が必死に逃げ続けている。幾ら対策部隊に選ばれた精鋭とは言え雪の上で全力疾走する事に慣れている訳ではない。
足場の悪い雪上の移動で体力を奪われ、徐々に背後から迫る屍人達に距離を詰められている。
「屍人まで現れるなんて……」
一足遅く俺達と合流したエリック殿下達が目の前に広がる惨状を見て絶句しているが、今はそんな事をしている暇はない。
「エリック殿下、ナタリア様と一緒にそりに戻ってすぐに城塞都市ボルデに向かってくれ。街道を塞いでいる屍人の露払いは俺がする」
「私も――」
「だめだ、ナタリア姉さんは殿下と一緒に避難してくれ」
アルセとナタリアが言い合いを始めた横で、エリック殿下が神妙な面持ちで問いかけて来た。
「……デミトリは残るつもりなんだね?」
「数を揃えるのに難があるとしても、対策部隊はある程度屍人や死霊への対抗策として聖属性が付与された武器を携帯していたはずだ。その対策部隊が手に負えない量の屍人となると、このまま放置する訳にも行かない」
「……」
「このままだと対策部隊は撤退を余儀なくされ幽炎を食い止められず、セヴィラ辺境伯領とヴィラロボス辺境伯領が幽炎に呑まれ大惨事になる。エリック殿下をこの場から逃がすことに成功しても、幽氷の悪鬼の魔の手が城塞都市ボルデに至るなら意味が無い」
エリック殿下が俺の言葉を聞き葛藤している裏で、数人の対策部隊の人間が屍人と交戦し始めたのが見える。
このままでは追いつかれると判断して勇気ある者が仲間を逃がすために殿を務めているのだろう……屍人を倒しきれない事を分かっていながら、魔力を一切温存せずに風魔法や土魔法を放っている。
「……殿下!」
イバイの声掛けではっとしたエリック殿下が、拳を固く握りながら重い口を開いた。
「ナタリア嬢、そりに戻って」
「ですが――」
「これはお願いじゃなくて命令だよ?」
有無を言わさぬエリック殿下の気迫に興奮していたナタリアが一瞬にして押し黙る。
「僕達は一号車のそりに乗ってこのまま城塞都市ボルデに向かう。ニル、二号車はデミトリの帰還用に残すから人員の配置に変更が必要なら今の内に指示を出して」
「承知致しました!」
「ヴァネッサ嬢とセレーナ嬢も一号車に乗ってね」
「私は――」
ヴァネッサが抗議しようとしたがエリック殿下が片手を上げてそれを制止する。
「これも命令だから、従って?」
「……私は再生の魔法が使えるから残った方が良くないかな?」
「セレーナ、再生の魔法は人だけでなく物にも通用するだろう? 万が一この先の街道に屍人が潜んでいてそりが壊された時のために殿下に同行してくれ」
「でも――」
「厳しい事を言うが、セレーナは今戦えないだろう? こんな言い方はしたくないが、自分の身を守れないなら足手纏にしかならない」
俺の発言にセレーナの表情が沈んだがこればかりは仕方がない……後で謝罪しよう。
「いくらなんでもアルセと二人だけで残るのは――」
「ヴァネッサ、優先順位の問題だ。この場で一番大事なのはエリック殿下が無事に城塞都市ボルデに辿り着けることだ。次に大事なのが城塞都市セヴィラと城塞都市ボルデを幽氷の悪鬼の被害から守る事だ」
「でも……」
「心配しなくてもいい。俺は死なない……俺が不在中エリック殿下を守ってくれ」
「……分かった」
殿を務めて戦っている者達がそろそろ限界を迎えそうだ……一刻の猶予もない。
「ニル、襲われている者達を助けてから街道の先の屍人を殲滅する! その間そりを守っていてくれ」
「分かった、無茶だけはするな!」
「私も共に行きます!」
「それじゃあみんなそりに戻って!」
エリック殿下の掛け声で渋々とそりに向かうヴァネッサとセレーナとナタリアを見届けてから、アルセと共に走り出す。
「ふっ、結局共に戦う事になるとはな」
「嬉しい限りだが、笑える様な状況じゃないぞデミトリ殿」
俺なりに重苦しい空気をどうにかしようとしたが、アルセに苦笑いされてしまった。
「本当に残って良かったのか……?」
「仲間が困っていたら助けるのは当たり前だろう? 元々一人で残してしまうのが心配だったのに、大量の屍人まで発生したら見過ごせるわけない」
「……ありがとう」
「人命最優先で派手にやる! 対策部隊の人間が混乱しない様に声掛けを頼む!」
「派手に!? 私の声掛けでどうにかなるか分からないが善処する!!」
逃げていた対策部隊の先頭を走る男がこちらに気付き、大手を振りながら逃げるように叫び出した。
「っはぁ、はぁ……なんでこっちに向かって、そこの者!! 逃げろ!! 屍人、がっ、はぁはぁ……」
「セヴィラ辺境伯家の嫡男、アルセ・セヴィラと盟友のデミトリが助太刀に参った!! 私達に構わず後方のそりまで逃げて体制を整えろ!!」
「「「「「「アルセ様!?」」」」」」