「振り向くな、走り続けろ!!」
「「「「「「はい!」」」」」」
退却する人員の指揮はアルセに任せ、屍人と交戦中の対策部隊の元に駆ける。
「ち、ちくしょう……!」
「諦めるな!」
膝をつき、魔力枯渇症を発症したのかその場で蹲った男に襲い掛かる屍人目掛けて水球を放つ。頭部が弾けた屍人がそのまま蹲った男に覆いかぶさり、慌てて蹴って死体を退ける。
「大丈夫か?」
「っ!? まさか救援に来たのか!?」
「そのまさかだ。全員もう少しだけ持ち堪えてくれ! 勝機はある!!」
諦めかけていた救援部隊を奮い立たせようと恥を忍んで鼓舞したつもりだが、反応はあまり良くない。俺一人が来た所で状況が変わるはずが無いと、口に出さなくともそう考えているのが今さっき助けた男の瞳からも読み取れる。
「……どこの誰だか分からないが救援感謝する! だが屍人は頭を潰した位じゃすぐにまた動き出す。倒す事は考えずに、まだ動ける仲間を逃がすことに注力してくれ……!」
必死にそう訴えて来た男の指先は激しく震えている。
『まだ動ける仲間と』言った位だ、自分を見捨てて仲間を救ってくれと懇願する彼が震えているのは、寒さでも恐怖でものせいでもないだろう。
魔力枯渇症。戦場では死と同義と言っても過言ではない状態に殿を務めている大半の人間が陥っている事が、対策部隊の士気を落としているのは明白だ。
「「「ヴァアアアア」」」
「来るな、来るなぁああ……え!?」
別の対策部隊員を襲っていた屍人三体を水牢に閉じ込める。
この屍人達は元々幽炎に呑まれた人間のはずだ。後ほど供養できるように、可能な限り遺体の原型は保ちたかったが……こうなってしまったら仕方がない。
「……悪く思うなよ」
水牢の中で当ても無くふらふらと手足を動かす屍人達を纏めて圧縮する。雪原の中心に突如現れた赤黒い球体を見て、隊員達が息を呑んでいるのが分かる。
「もう一度言う! 勝機はこちらにある!! 必ず生きて帰れる、だから持ち堪えてくれ!!」
「「「「う……うおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
――――――――
「ここまでか……」
命を賭して形振り構わず魔法を放っていたので当然と言えば当然だが、こんなにも早く魔力が尽きてしまうのは予想外だった。抗えない倦怠感に襲われ、周囲を屍人に囲まれながらその場で膝をつく。
「グラハムさん!!」
「私の事はいいからさっさと逃げるんだメルビン……!」
老い先短い私が若者達を逃がすために殿を務めていたのに、『心配だから』とついてきた馬鹿な……そして可愛い後輩をこんな所で死なせる訳にはいかない。
「どれだけ吹き飛ばしても再生して……卑怯だぞ!」
「まったくその通りだな」
「!?」
声が聞こえた瞬間私達を取り囲んでいた屍人達が一斉に地に伏した。何が起こったのか分からず傍で倒れた屍人を確認すると、頭部が抉り取られていた。
「普通の魔法で頭を破壊されても再生するが、俺の魔法で攻撃すると活動停止するのは……呪力の核が頭部にあるからなのか? それとも――」
「デミトリ殿、大体片付いてはいるがまだ敵は残っている!」
「すまない、すぐに行く!!」
「アルセ坊ちゃん!?」
聞き慣れた声に気付き振り向くと、王都に居るはずのアルセ坊ちゃんが仲間を襲っている屍人を食い止めていた。今まで一心不乱に魔法を行使していたので戦況を一切確認できていなかったが、周囲を見渡すと屍人の数が大幅に減っている……?
「グラハムさん、無事で良かった!!」
「私の事は良い、それよりも――」
「こいつらで最後だな」
「な!?」
アルセ坊ちゃんの元に駆け寄った青年が放った何かが屍人達に当たった瞬間、屍人の頭部が消失し赤黒い血潮が雪の上を舞う。
「俺が最初に倒した屍人が、頭部を破壊されただけで活動停止していた事にアルセ殿が気付いてくれて助かった。おかげで大分魔力を温存できた」
「……派手にやるとは言っていたが、まさか屍人を全て圧殺するつもりだとは思わなかったぞ?」
「ほかに手段が思いつかなかっただけなんだが……」
圧殺……? アルセ坊ちゃんと青年が見つめている先で、真っ赤に染まった雪の横で対策部隊の仲間が何人か嘔吐しているようだが、一体なにをしたんだ……?
「屍人は元々城塞都市セヴィラや城塞都市ボルデの人間だろう……? 申し訳ない事をした……」
「誰もデミトリ殿を責めないから安心してくれ。対策部隊に参加した時点で、皆屍人になってしまったら討伐対象になる事に了承した者達だ……ただ、あの倒し方は少し刺激が強すぎるのは否めないな」
「グラハムさん、すごいですね……!!」
私を介抱しながら、メルビンが興奮冷めやらぬ様子で話し出す。
「屍人が現れた時はもう終わりだと思いましたけど……過去、幽氷の悪鬼との戦いで劣勢に立たされた時、撃滅の聖女様を遣わせて下さった時と同様に、フィーネ様は今でも私達を見守って下さってるんですね!」
「撃滅の聖女……言いえて妙だな」
浄化の魔法を好まず、死霊をその身一つで滅ぼしまわった豪傑だったと聞くが……あの青年は魔術士のようだが、撃滅の聖女と同じ様な傑物に違いない。
「もう二つ名はあると思いますか? 遠目でしか見てませんが女性じゃないので聖女ではないですけど……屍人を倒せると言う事は聖属性の魔法を使えるはずです! 撃滅の聖人? いや、違うな……」
「メルビン、落ち着――」
「こうしてはいられません! 早くみんなの所に行って一緒に考えないと!!」