「それじゃあ幽氷の悪鬼も回収してくれ」
「え?」
取り巻き達を両肩に担ぎながら、ユウゴが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「倒したのはユウゴだろう? 戦利品を獲る権利はお前にある」
「止めを刺した方が良いと思って攻撃しましたけど、あそこまで追い詰めたのはデミトリさんですよね? そんなキルパクみたいなことは……」
「殊勝な考え方だが、俺が幽氷の悪鬼の死体を所持していたら『勇者が倒した得物をヴィーダ王国の人間が奪った』と思われかねない」
「え!? そんな事ないって俺が言うから大丈夫ですよ」
この反応が演技だとしたら相当な役者だな……。
「ヴィーダ王国とガナディア王国の関係は今あまり良くない。ガナディア王国の使節団と一緒にヴィーダ王国に来たのであればその辺りは説明されているだろう?」
「えっと、色々と教えてはくれたんですけど……全然知らない国の事情を急に詰め込まれて覚えられなくて」
両国の関係が悪い程度の事も覚えられないなんてあり得るだろうか?
「……細かい事は気にしなくてもいい、俺が幽氷の悪鬼の死体を所持していると問題になる可能性があるから預かっていてくれ」
「ちょっと理解が追いつけてないですけど……色々と大変なんですね」
それ位分かるだろうと言い掛けたが、先程のユウゴの言葉を思い出して言葉を呑み込む。
『お願いします、話だけでも聞いてくれませんか? ずっと一人で、誰にも相談できなくて……』
ユウゴは俺と違ってこの世界に来てまだ日が浅いはずだ……つい最近までただの高校生だった青年相手に、なぜこの世界の情勢を理解出来ないんだと叱咤しても意味が無い。
「それじゃあ収納鞄にしまいますね」
「ちょっと待ってくれ」
水牢を解いてから、幽氷の悪鬼の尻に刺さったままの剣を抜く。
「うわっ!? えっぐ……」
後ろでユウゴが引いているのが聞こえるが……無視してある程度雪でゴドフリーの剣を綺麗にしてから収納鞄に仕舞う。
「幽氷の悪鬼を仕舞ったら、すぐに出発するぞ」
「は、はい! ……終わりました!」
早めにヒエロ山の麓まで降りて話を切り上げたいが……俺に失礼な物言いをしてきた取り巻き達を、気遣いながら運ぶユウゴに合わせてゆっくりと歩き出す。
「そ、それでは、早速相談なんですけど――」
「急に勇者と言う立場に立たされ、色々な人間と話す上で無理をして敬語で話していないか?」
「はぃ……」
「時と場合によるが……今は気絶している彼等を除けば俺達しかいない。楽な口調でいいぞ」
相手は勇者で俺はただの平民だ。どちらかと言うと俺が偉そうに言える立場ではないが、ユウゴも話し辛そうにしているしこれ位許されるだろう。
「分かりま――分かった!」
「それで、なんでユウゴは一人で戦っているんだ?」
「一緒に召喚された幼馴染のミコトと友達のリサって子が、本来僕と一緒に旅をして魔王を倒す仲間……聖女と賢者なんだけど」
ここまでは俺の記憶と相違ないな。
「二人共おかしくなっちゃったんだ」
「おかしく……?」
「魔王を倒したら元の世界に帰れるって、僕達を召喚した神の使いのピィソって人に約束して貰ったんだけど――って大丈夫!? 歯ぎしりが凄いよ!?」
あのふざけた準神の事を思い出し、気付かぬうちに歯ぎしりをしていた事に指摘されて気付く。
「……なんでもない、続けてくれ」
「本当に大丈夫……? えっと、それで俺は帰りたいから勇者の使命を早く終わらせたいんだけど」
俺の記憶が正しければ、ユウゴはあの準神相手にまるで前世の物語の主人公の様に振舞っていたはずだが……?
「俺はこの世界に転生させられる直前の記憶がある。その時準神と話しているユウゴ達の声が聞こえていたが、異世界召喚に乗り気ではなかったのか?」
「そんな事ない!!」
今までにないユウゴの力強い否定に驚く。
「って言うかあの時デミトリさんいたの!?」
「……俺はお前達と違って魂だけの状態だったらしい。だから見えていなかったのかもしれない」
「そうだったんだ……あの……ごめん、なんて言葉を掛ければいいのか……」
まさか、俺が元の世界で死んでいる事を気にしているのか?
「前世の事はほとんど覚えていないし、死んだことについても嘆いている訳ではないから気にしなくていい」
「そ、そうなの……?」
「強がりでも何でもないから本当に大丈夫だ。話を続けてくれ」
「うん……えっと、あの時はトラックに轢かれたと思って気が動転してた二人を不安にさせたくなかったんだ。それに異次元から人を召喚できる存在が、急に目の前に現れたら真っ向から否定なんて出来ないよ……逆らったら何をされるのか分からなかったし」
「……」
過去出会って来た異世界人と比較して、あまりにも真っ当な考えを共有された事に一瞬理解が追いつかず黙ってしまった。ユウゴの立場で考えたら彼が取った行動の理由は全て納得できる。
「魔王を倒したら元の世界に帰して貰えるって約束して欲しい一点だけは流石に折れなかったけど、それ以外はその場しのぎで適当に合わせたんだ」
「そうだったのか……」
あの時は俺も焦っていて聞こえてくる言葉を全て真に受けていたが、ユウゴも色々と悩みながら行動していたらしい。
「家族も友達も絶対心配してる……俺がいないとチビ達の面倒を全部姉ちゃんが一人で見なきゃいけないし、早く帰らないと……!」
未来ある若者を家族から引き裂いて命神は一体何をしたいんだ……無理やり異世界に召喚なんてされたら迷惑なのは分かりそうなものだが……。