「ユウゴの気持ちは分かった。見知らぬ地に呼び出されて、魔王を倒して欲しいと言われても正直迷惑なだけだろう……もしかして聖女と賢者は戦う事が怖いのか?」
良くも悪くも俺はこの世界に馴染みすぎたのかもしれない。
当たり前の様に幽氷の悪鬼のような化け物が居る事に慣れてしまったが、前世の常識では考えられない程この世界は過酷だ。賢者と聖女が戦いたくないと思っていてもおかしくはない。
「急に魔王と戦えって言われて、乗り気じゃないだけなら理解できるし無理に戦わせようなんて思わないけど……二人は元の世界に帰りたくないみたいなんだ」
俺は元の世界では既に死んでいる上に記憶がほとんどないため未練がないが、彼女達はなぜ異世界に残りたいんだ?
「剣と魔法の世界が気に入ったのか……?」
「分かんないよ……二人共人が変わったみたいで僕の言葉を聞いてくれないんだ。ずっとこの世界で一緒に暮らそうって言われたのを拒否してから、まともに顔も合わせてくれない……」
「あー……」
ユウゴは本当に気付いてないのか、認めたくないだけなのか分からないが……好いている相手と自分が特別扱いされるこの世界を手放したくないだけではないだろうか?
――俺の口から指摘するのは憚られるな……本当にそれが理由とも限らない。
「俺に力を貸して欲しいと言ったのは二人が魔王討伐に協力的じゃないからか」
「うん……夢の中でディアガーナ様が天啓を授けてくれるんだけど、デミトリさんは本来勇者パーティーの一員になるはずだった存在だから頼れって言われたんだ」
夢の中で直接話してるなら天啓ではなく神託じゃないのか……? そんな事はどうでも良いが……。
「……それは嘘だ」
「え!? でも、今まで嘘を付かれた事は――」
「神呪というものを知っているか?」
「しんじゅ? あの、貝から取れる――」
「違う……神の呪いと書いて神呪だ。強力な加護を授ける代わりに、その力を使いこなすための試練であったり力に呑まれないように枷として授けられるものらしい」
真珠と聞き間違えた時の困惑した様子から、ユウゴの表情が一気に険しくなる。
「え、でも……」
「かなり強力な加護を授かったのにも関わらず、神呪を授けられなかった事を不思議に思っているんだろう?」
「うん……」
「俺は加護を授けられず、お前達が授かるはずだった神呪を全て押し付けられて転生させられた」
「え!?」
「簡単に言うと生贄だな。そんな俺が勇者パーティーの一員なはずがない……命神は嘘を付いているか、事実を曲解しているか、情報を秘匿して良いようにお前に伝えている可能性が高い」
「だ、大丈夫なの!?」
今の話を聞いて真っ先に俺の心配をするか……。
「命神の加護を授かった人間から忌み嫌われるだけで何とかなっている。それが理由でヴィーダ王国に亡命するはめになった」
「リゲルさんとジョンさんの様子がおかしかったのも――」
聞き覚えの無い名だが、担いでいる男達を見て行ったという事は付人達の事か。
「神呪の影響だろうな」
グラードフ領を離れて久しいため、俺を一目見た瞬間から敵意丸出しの反応をしてきたユウゴの付人達には正直驚かされた。グラードフ領での扱いで大分慣れているとは言え、久しぶりに味わう理不尽な悪意は相変わらず不快だった。
「そういう意味では命神の加護を授かっているユウゴも俺に敵意を抱いているはずなんだが」
「……怒らないで聞いて欲しいんだけど、出会った時からなんとなくデミトリさんから嫌な感じはしてるんだ」
ユウゴの発言に警戒を解かず剣の柄を握っていた手に力が入る。
「そんな相手に良く仲間になってくれと頼めたな」
「初対面の人にこんな悪印象を持ったことが無いし、よく知りもしないで相手を嫌いになるのはおかしいと思って無視してたんだけど、そういう理由だったんだ……」
だとしても神呪の影響下にあってよく友好的に話し続けられるな。勇者だからなのか、ユウゴの性格なのか分からないが……幽氷の悪鬼の体を貫ける魔法を扱える勇者に、神呪の影響とは言え悪感情を抱かれているのは心臓に悪い。
「……今は大丈夫でも、その感情をいつまで抑えられるのか分からないだろう? そんな人間と行動を共にするのは無理だ」
「そんな……」
別に神呪の影響がなくとも魔王討伐の旅に同行するつもりなど無かったが、丁度いい断り文句が見つかり安心する。
「これで理解できただろう? 俺は勇者パーティーに所属するべき存在じゃない。仮に勇者の使命に同行するためにガナディアに渡ったら、先程の様に不和を生み出し旅は余計に辛いものになる。大体、魔王とやらに対抗するための加護も授かっていないから戦力的にも不十分だ」
「……幽氷の悪鬼を追い詰めてたから十分魔族と渡り合えると思うけど」
「あれはまぐれだ。俺では幽氷の悪鬼に傷一つ付ける事が出来なかった。元の世界に帰るために魔王を討伐したいなら、ユウゴは聖女と賢者と仲直りするのが一番の早道だぞ?」
「……どうしたら仲直りできると思う??」
それが分かったら苦労しないな……。
元の世界に帰りたいユウゴは、俺と同じ命神達の被害者だ。命神と連なる者である以上警戒を解くつもりはないが、必要以上に突き放すのも酷だな……力になれるかは分からないが、相談には乗ってあげよう。
――そうと決まれば、はっきりとさせなければいけない事があるな。
「ユウゴは彼女達の事を好きじゃないのか?」
「……大好きだよ! 大切な幼馴染と友達だから」
「そう言う事を聞いてるわけじゃないのは分かってるだろう?」
あからさまにユウゴが俺から目を逸らし、心なしか歩く速度が上がった。
「ユウゴがその茶番を続けるつもりなら俺もこれ以上追及はしないが……彼女達の好意から目を背け続けていたら、抱えている問題の答えは一生出ないと断言できる」
「……恋愛的な意味なら、二人共タイプじゃないよ」
やはりわざと問題から目を背けていたのか。