一人取り残された小屋の中で、ボロボロになった服を確認する。
――着替えないと……
イザンの魔法をもろに受け、所々破れ血が滲んでいた服を脱ぐ。ここまで痛みを感じていなかったのでもしやと思っていたが、自己治癒のおかげか露になった肌には傷が残っていなかった。
――取り敢えず治療の必要はないな……
ボロボロになってしまった服を収納鞄に仕舞い、替えの服を取り出し着替える。
――手入れもしなければ……
テーブルに置いていた収納鞄を再び開き、ヴィセンテの剣を取り出す。グリフォンに乗る際慌てて収納鞄に入れてしまったため、抜き身の刃が鞄から姿を現す。
血で赤黒く染まった刀身が、ジステインが灯した蝋燭の明かりで鈍く光る。
地面からこちらを見上げる、驚きに表情が固められたまま斬首されたイザンの頭部が脳裏によぎる。
――人を殺した……
「……正当防衛、だった」
土の杭に貫かれ、自分の血の海の中息を引き取ったユーセフの顔と、燃え盛る彼の体から放たれた焼ける臭いを思い出す。
――あいつらは俺を狙っていた。俺のせいでユーセフが死んだ……
「……違う……」
――死にたくないからグラードフ領から逃げ出したんだ。今日起こったことは、俺の行動の結果だ……
「死にたくないと思うのが、そんなに間違っているのか……?」
自問自答を繰り返しながら、思考が暗い方向へ傾いていく。
――……俺はどうして生きたいんだ? 死んだ方が楽じゃないのか?
「……」
答えられない。
呼吸が浅くなり、鼓動がどんどん早まる。
「……!?」
精神の不安定さに呼応するかのように、魔力がうねり制御を失う。体の自由が利かず、ヴィセンテの剣が手から零れ落ちる。
――何が……!?
今まで感じたことのない程強大な魔力が、体の中を激流の如く駆け巡る。暴走した魔力に耐えきれず、器となっている身体が破裂しかけているような激痛に悶え椅子から床に転げ落ちる。
なんとか魔力を制御しようと精神を集中させるが上手くいかない。
――ここで死ぬのか……
不思議と心は凪いでいた。
――ここまで足掻いてきたのに、呆気ない最後だったな……
まさかヴィーダまで辿り着いて、訳も分からず魔力暴走を起こし死ぬとは夢にも思わなかった。
『必ずなんとかなる。だから生きることを諦めないでくれ』
ジステインが去り際に言っていたことを思い出す。
――異能の力か分からないが、ジステインはまるで心が見透かせるようだな……
街道の一件から、ずっと苦悩していた。
グラードフ領から逃げ出した後は、考えなしにヴィーダを目指した。ヴィーダに辿り着いたのは良いものの、亡命の件で散々ジステイン達に迷惑を掛けて挙句の果てにはユーセフを死なせてしまった。
そして、襲われたとは言え自分の命を守るために人の命を奪ってしまった。
――自分勝手な行動で不幸を振りまく人殺しに、生きる意味なんて無いのかもしれない……
依然として体の中を暴れまわる魔力を鎮めようと制御するのではなく、流れを手のひらへと誘導する。
「……それでもドルミル村に行くまで死ねないんだよ!」
右手を壁の方向にかざしたのとほぼ同時に、一点に集中し行き場を失った魔力が極大の水の柱となって放出された。
小屋の壁を破り、暗闇の中へと水流が放出されていく。暗闇からは木々が折れる音が聞こえた後、まるで急流河川が流れているかのような音が聞こえてくる。
魔力が枯渇し水流が止まったのと同時に、水浸しになってしまった小屋の中で意識を失った。