「すごいよデミトリさん!」
「レオ殿と同じく、素手で岩を……」
ユウゴは純粋に称賛してくれているが、横に立っているアルセは唖然として状況を呑み込めずにいる。やはり、素手で岩を破壊するなんて普通ではな――。
「よそ見しないの」
「レオ、ちゃん!! 危ないだろう!?」
レオの移動を察知してぎりぎりの所で避けたが、かすったのか突きの風圧によるものなのか分からないが頬の肌が裂け暖かい血が顔を伝う。
「接近した時、今回はほんの少しだけ違和感を感じたけど何か魔法を使ってるわね?」
「……死角からの攻撃を警戒して、水魔法で霧を展開している」
気付かれてしまったのであれば隠しても意味はないだろう。流石白金級と言うべきか、視認できない程薄い霧を周辺に発生させていたのに良く気が付けたな。
「私でも気付くか気付かないか際どいくらい高度な魔法を扱えるってことは、相当な努力と研鑽を積み重ねてるわよね?」
「……そうだな」
また攻撃されるのを警戒して返答がぎこちなくなってしまったが、レオの指摘の通り魔法の検証には余念が無いと自信を持って言える。
「鍛え方からして魔法に傾倒して肉体の鍛錬を疎かにしてるわけじゃないのは分かるけど……魔法で自分が何を出来るのかはちゃんと試してるのに、同じことを肉体で出来てないのが不思議だわ」
本当に意味が分からないと言いたげにレオが首を傾げているが、改めてそう言われるとなんと答えれば良いのか分からない。
確かに魔法に関しては何が出来るのか検証に検証を重ねているが肉体の方は……。
「デミトリちゃんは銀級の冒険者で、しかもソロで活動してるなら収納鞄を持ってるでしょ?」
「ああ」
「収納限界を確かめようともせず、勝手に小さな箱程度しか物を仕舞えないって決めつけて使ってたら損だと思わない?」
「それは……」
白い歯を見せながらレオがにかっと笑う。
「俺が勝手に自分の限界を決めつけてると言いたいんだろう?」
「察しが良いわね。生き延びるためには無理をしない事はもちろん大事よ。でも、それは自分の限界を見極める作業をした前提よ」
「限界を見極める作業か……身体強化をしていても人の身には限界がある。魔物や魔獣には、素の力では基本的に敵わないと考えるのが当たり前だろう?」
「基本的にはそうね」
前世の創作物や物語では、主人公が当然の如く強敵の攻撃を受け止める描写が多かった。だが俺は、自分が異世界転移したと前世の記憶を取り戻して自覚した段階でそんな幻想は捨て去っている。
ストラーク大森林で遭遇したクァール、アビス・シード、クラッグ・エイプ、冒険者業を始めたての頃に殺されかけたメドウ・トロル、そして幽氷の悪鬼……魔法が無ければ、肉体の構造や質量と膂力の差で人の身では敵わない化け物がこの世界には多すぎる。
「己の限界を見極めるために遭遇した敵の攻撃を受け止められるのか試していたら、命が幾つあっても足りないだろう……だから俺は、基本的に一撃でも喰らったら死ぬかもしれない前提で戦っている」
「なるほど。かなり消極的なのね」
消極的なわけではなく普通の考えだと思うが……。
「私が何の根拠も無くデミトリちゃんが金級で通用するって言ったと、そう思ってるかもしれないけどそれは違うわ。デミトリちゃんは毎日鍛錬をしてるでしょ?」
「毎日欠かさずという訳ではないが……鍛えただけで強くなれれば誰も苦労しないだろう」
そもそも環境は劣悪だったが、グラードフ領を出る前の方が純粋に鍛錬に打ち込める時間は多かった。亡命後は不本意ながら色々な事に巻き込まれてしまい、必要最低限の自己鍛錬に留まっている。
「強くなることを諦めてるの?」
「……そう言う訳ではない。努力が必ず実るわけじゃないと悲観するつもりは無ければ、鍛錬をやめるつもりもないが……事実として俺はどれだけ鍛えても半人前だったと言うだけだ」
レオ程鍛え抜かれた肉体も持っていなければ、剣術の腕もセレーナには遠く及ばず、レオが評価してくれている魔法も使いこなす努力はしているが神呪と呪力の賜物であって俺の力ではない。
ここまで生き残れたのは特に神呪由来の水魔法や呪力にかさ増しされた魔力による所が大きい。全て借り物の力で、俺自身は何も……。
「うん、大体分かったわ!」
「……?」
「デミトリちゃんがリゲルとジョンから離れてた時、一応私の身元の証明のためにアルセ様に冒険者証の提示とヴィーダ王家が渡してくれた書状を確認して貰ったんだけど、その時デミトリちゃんの事を色々と聞いたの」
「俺の事を?」
「初対面で私がユウゴじゃなくてあなたの方が勇者じゃないかって誤解する程鍛え上げた肉体を持ってて、鬼と対峙して生き延びれるくらい魔法の扱いに長けた子が居たら気になるじゃない?」
アルセの方を見ると、さっと視線を逸らされた。
「幽炎対策の時に死霊達と一人で戦ったり、独断で幽氷の悪鬼を一騎打ちに持ち込んだり……死に急いでるんじゃないかって思わせる危うさがあるのを心配してたわよ」
「アルセ殿……」
「そんな無鉄砲な行動をしてるのは自分の力に自信があるからかと思いきや、小石程度握り潰せないって自分の限界を勝手に決めつけてる矛盾した考え。話してみてその理由が何となく分かったわ」
片手を腰に掛けながら、レオがもう片方の手で真っ直ぐ俺の方を指さす。
「デミトリちゃん! あなた自分が弱くて、仲間の為なら最悪命を捨てても良いって甘えた勘違いをしてるわね?」