「ちょっとだけ休憩にしましょうか」
「そうして貰えると助かる……」
雪の上で情けなく四つん這いになりながら絞り出すようにレオに返答する。
疲労で体の節々が痛み、全身から流れ出た滝のような汗で体にべっとりと張り付いた装備が、動きを止めてほんのわずかな時間しか経っていないにも関わらず冬の冷気に当てられ体から熱を奪いながら凍って行くのが分かる。
「何をしてるの……?」
「汗を流してる、レオちゃんもどうだ?」
発生させた水の膜の中を通過して無理やり体と装備から汗を拭う。体を確認すると完全に綺麗とまではいかなかったし、服の端で凍ってしまった汗が一部除去できなかったが体にまとわりつく不快なべたつきは大分すっきりした。
「え……体は綺麗になっても濡れて大変じゃない?」
「? 水の膜の魔力制御を解いていないから体に付着する事はないぞ?」
「幽氷の悪鬼を魔法だけで追い詰めたって聞いてたけど、本当に相当な腕前なのね。私はこの通り平気だから遠慮するわ」
確かにレオは汗一つかいていないように見える。先程の手合わせは俺にとってはかなり激しい運動でも、白金級の冒険者にとっては準備運動程度なのかもしれない。
「二人共お疲れ様」
「レオちゃんは全く疲れてなさそうだが……」
「そんな事ないわ! 久しぶりにやりがいのある手合わせが出来て大分体がほぐれたわ」
実際に戦ってみて実感したが、幾ら手加減してくれているとは言え並の人間ではレオちゃんの相手は務まらないだろう。俺自身気力でなんとか倒れずに済んだだけで疲労困憊の状態だ……だが、おかげで俺自身の実力を見つめ直す良い判断材料になった。
「休憩が終わったら特訓の第二部に入るから、しっかりと休むのよ!」
「……善処する」
「ディヴァイン・ヒール……あれ?」
俺の状態を見かねたユウゴが回復魔法を掛けてくれたが、相当な違和感があったのか困惑しながら首を傾げている。
「……俺は呪われているから回復魔法が効きにくい体質なんだ」
「え!?」
「デミトリ殿、そんな事は今まで一度も――」
あまり喧伝するような事でもないので仕方がなかったとは言え、色々と世話になっているアルセにずっと隠し事をしていたことに心がちくりと痛む。
「説明していなくて申し訳なかった。命に係わる様な呪いでもなければ、周囲に悪影響を与えるような呪いでもなかったから――」
「デミトリ殿」
いつになく低い声のアルセに発言を遮られ口を止めた。
「おそらくヴィーダ王家からデミトリ殿に関する秘匿すべき情報について色々と言い含められているのは分かる。だが勝手に周囲に関係が無いと決めつけないでくれ。現に、手合わせ中怪我をした時の為に待機してくれたユウゴ殿を困惑させているだろう?」
「申し訳ない、その通りだな……」
「怪我をしたらどうするつもりだったんだ……!」
「効きにくいだけで全く聞かないという訳ではないんだ、後、ポーションは問題なく効くし高級ポーションも持っている!」
アルセの凄味に圧されて早口で弁明していると、レオがアルセの肩に手を乗せた。
「アルセ様、怒るのも理解できるけどデミトリちゃんも意地悪で隠してたわけじゃないと思うわ」
「それは……デミトリ殿が悪意を持って行動していたとは勿論思っていない」
深呼吸をしながら息を整えて、冷静さを取り戻したアルセがもう大丈夫だと言わんばかりにレオに一度頷いてからこちらに視線を戻した。
「取り乱してすまなかった」
「心配を掛けてしまい申し訳なかった。レオちゃんの言った通り、ただでさえ複雑な立場なのに呪われていると知れ渡ったら火に油を注ぐだけだと判断して黙っていた……だが、せめて回復魔法が効きにくい体質ということを共有するべきだった」
「……なんの呪いなんですか?」
ここまで成り行きを見守っていたユウゴが恐る恐る、小声で呟いた言葉に全員の注目が彼に集まる。俺を真っ直ぐと見据えた彼の瞳に宿る感情が何なのかは分からないが、素直に答えてしまって良いのだろうか?
「もしかして……」
ユウゴ自身が察しているのであれば、変に隠すべきではないのかもしれない。
「たまたま聖職者に出会う機会があり彼に言われた事だが、俺は命神、水神、闘神、そして月神に神呪と呼ばれる呪いを授けられているらしい」
「「!?」」
俺の呪いが命神のものかもしれないと勘付いていたユウゴも、先程俺が呪われている事実を知り何とか呑み込んだ状態だったアルセも驚愕しているが……レオはやけに冷静だな。