「回復魔法が効きにくいのは命神の神呪の影響だと思う。神呪について教えてくれた聖職者曰く、命神の加護を持っている人間からも蛇蝎の如く嫌われるというおまけ付きらしい」
「……そんなに呪われてて大丈夫なの!?」
「心配する必要ないわよ」
驚いたことに、ユウゴの質問に返答したのはレオだった。
「レオ殿、どう言う――」
「ただの呪いじゃなくて神呪でしょ? 基本的に命に係わることはないからあまり心配し過ぎちゃだめよ。デミトリちゃんが今ぴんぴんしてるのがその証拠よ」
「だが、四柱の神に……」
もしや、レオは自身か近しい者に神呪を授かった人間が居るのか……? とにかく、これ以上アルセやユウゴを混乱させる前に強引に話を進めてしまった方が良いだろう。
「呪われていると言っても悪い事ばかりじゃない。俺は元々魔法を使えなかったが、水神に呪われてから魔力に呪力が混ざってしまう代わりに水魔法が使えるようになった。闘神の神呪いは……確か『困難に立ち向かい続ける覚悟さえ持てば、戦士として成長できる』? 呪いらしい」
「呪力……??」
「闘神の呪いは、抽象的過ぎないだろうか……?」
アルセとユウゴが疑問を口に出しているが正直そこに関しては俺も分からない。
「とにかく、この二つは死ぬような呪いじゃないだろう? 月神の呪いは月光に晒されたら狂う呪いだが、この通り正気だ」
「……ちょっと待ってくれ、本当に大丈夫なのかデミトリ殿? どうやって狂わずに済んでいるんだ……?」
頭上に輝く月と俺の顔を交互に見ながら心配そうにアルセが問いかけて来る。
「呪力に身を委ねると精神が汚染される代わりに、逆に神呪の狂気に侵され辛くなるのに気づいた。後は気合でねじ伏せたとしか言いようがないな……」
「気合で……」
「そんな状態異常に掛かってたら他の状態異常にならないみたいなやり方ありなんだ」
アルセは俺がどうやって正気を保っているのか納得しきれていない様子だが、逆に異世界から来たユウゴは前世のゲーム的な解釈で一応納得は出来たらしい。
「話が少しだけ脱線してしまったが、悪い事ばかりじゃないと言っただろう? 先程言った通り神呪の影響で俺には強力な呪力が宿っている。そのおかげで他の呪力が付け入る隙がないらしい。実際、何度か呪力由来の攻撃を……それこそ幽炎も受けたが一切効かなかった」
「一人で死霊達に立ち向かうとデミトリ殿が言った時、エリック殿下も止めなかったため秘策があるとは思っていたがそう言う事だったのか……」
今更だが、現場の総指揮を任されていたアルセに説明が不足し過ぎていたな……彼が心配し、怒ってしまったのも当然だと今となって思う。
「色々と後出しで情報を共有する事になってしまい申し訳ない」
「そう、だな……もっと早く教えて欲しくなかったと言えば嘘になるが、仕方がないだろう。とにかく話してくれてありがとう」
複雑な表情をしているが、アルセは色々な気持ちを呑み込んで俺の謝罪を受け入れてくれた。
「神呪は増えたり減ったりすることがあるから、今度視て貰った方が良いかもしれないわね」
「レオちゃん……先程から思っていたが、妙に神呪について詳しくないか?」
「白金級ともなると色々とあるのよ」
人差し指を口に当てながらレオが目配せをして悪戯っぽく笑ったが、これ以上話すつもりは無さそうだ。あまり深入りはしない方が良いのかもしれない。
「神呪か……」
「さっきも言ったけどあまり深刻に考える必要は無いわよアルセ様? それこそ、デミトリちゃんの神呪の影響で命神の加護を授かってるユウゴはデミトリちゃんの事を嫌いになってないでしょ?」
「……!」
レオの指摘にはっとしたアルセが、まじまじとユウゴの顔を見つめる。
「えっと、自分でも良く分からない悪感情が湧きそうになっても俺の本当の気持ちじゃないって意識すれば大丈夫です!」
「ほらね! 神呪が人に及ぼす影響は決して小さくないけど、強い心を持っていたら克服できないものでもないのよ」
「そうなのか……」
アルセは心配しているが、もしかして自分自身が知らず知らずに神呪の影響を受けていないのか心配しているのだろうか?
――悩ましいな……。
アムール王国全土に欲神の神呪が掛けられていて、それをすでに跳ね退けていることを伝えられれば安心させられると思うがまだエリック殿下やヴィーダ王家とこの情報の取り扱いについて相談していない。
だが、今日一日で何度も俺が情報を隠したせいで周りに迷惑を掛けてしまった事について気づかされた。このまま何も言わないままなのはだめだろう。
「アルセ殿。詳しくは話せないから信じて欲しいとしか言いようが無いが……アルセ殿は既にとある神呪の影響を受けずに我を保つことに成功している」
「な……それは、デミトリ殿の?」
「違う。この期に及んで隠し事をして申し訳ないが――」
「いや、デミトリ殿の発言なら信用に値する。教えてくれてありがとう……正直神呪の様な未知の力に抗えるかどうか不安だった。目の前にユウゴ殿と言う実例が居て、私自身何かしらの神呪に抗えたのであればレオ殿の言う通り心配し過ぎるのはよくないだろう」
すっきりとした様子のアルセの横で、暗い表情を浮かべているユウゴが遠くを見つめながら独り言の様に呟く。
「神呪か……」
「ユウゴも勇者に選ばれたなら一つや二つあってもおかしくないわね、でも大丈夫よ! デミトリちゃんもなんとかなってるでしょ?」
「……」
レオの励ましに余計に顔を険しくさせたユウゴが俯き、雪に覆われてまっさらな地面を静かに見つめた。
「……そうだね」