「それじゃあ、そろそろ再開しましょうか」
「っ……分かった!」
本音を言うともう少し休みたい所だが、最高峰の実力を持った冒険者に指導して貰える機会なんて今後早々ないだろう。
己の実力を見誤っていた件を是正するためにも、この機会を逃すわけにはいかないと自分を鼓舞しながら疲れた体に鞭打って立ち上がる。
「さっきまでの手合わせである程度デミトリちゃんの本気を把握できたから、これからは相手の力量を測る方法を伝授するわ」
「相手の力量?」
「倒せるか倒せないか、判断する基準がないと困るでしょ? 私が教えるのは魔物や魔獣の強さを把握する方法だけど、ある程度対人戦でも通用するわよ」
「スカウターみたいな……?」
離れた位置で観戦してるユウゴも不思議そうにつぶやいているが、そんな便利な方法が本当に存在するのか……?
「魔物と魔獣に関してはそんなに難しく考える必要はないわ! 一つ目の方法は冒険者ギルドで確認する事よ」
「資料室で情報収集すると言う事か?」
「それもいいけど、受付でも聞けば教えてくれるし他の冒険者と情報共有するのも手よ? デミトリちゃんがそこら辺の知識がないのはソロだからかしら……先輩の冒険者に聞いたら大体答えてくれるわ」
意外と実直な方法で肩透かしを食らった気分になったがレオが言っている事は一理ある。実力に見合った依頼を斡旋する上で、ギルド側が各種魔物や魔獣の強さを把握していないはずがないので聞いてしまうのが一番手っ取り早いだろう。
「ただギルドで得られる情報を過信するのはだめよ。個体差だけでなく自分自身の体調や戦う環境、時の運……勝敗には色々な要素が絡むから、あくまで一つの指標として把握するのがいいわ」
「なるほど」
「分かりやすい個体差の判断基準を何個か上げるけど、通常の個体よりも体が極端に大きいか小さい、体に傷跡がある、或いは通常の個体には見られない特徴を持った変異種なんかは特に注意が必要よ」
「変異種」と聞いてストラーク大森林で遭遇したアビス・シードの事を思い出す。
「……変異種については俺も一度だけ遭遇したからその異様さは把握しているが、他の特徴について詳しく聞いても良いだろうか? 身体の大きな個体についてはなんとなく危険度が高そうなのは分かるが」
「体が異常に小さいのに生存出来てる時点で、特異な能力を持ってるか生き延びるための知恵を付けてる事がほとんどなの。舐めて掛かると痛い目に遭うわ。体に目立つような傷跡がある個体も似たような理由になるけど、戦いを制して生き延びただけあって通常種と違う動きをしたり純粋に強い事が多いの」
そう言う事か……レオが先程言っていたが、確かにソロで活動して来た弊害かも知れないな。
メリシアで開かれていた初心者向けの講習で講師を担当していたイムラン含め、こういった情報の共有にギルドや冒険者達が力を入れているのも明らかだ。
もっと精力的に冒険者活動をしていてパーティーも組んでいたら、他のパーティーとの交流等を通してこういった情報を先輩冒険者やギルドの職員から教えて貰えていたのかもしれない。
「ここまでが事前に情報を得る方法になるけど、ここからは実践で行える力量の測り方になるわ。こっちは対人戦でも通用するから頑張って習得して欲しい所ね」
唐突にレオが凶悪な魔力の揺らぎを発して首筋に悪寒が走り、咄嗟に身構える。
「うんうん、良い反応よ」
「心臓に悪いから急に魔力を解放するのは止めて欲しいんだが……」
「二つ目の方法を習得するために必要だから我慢してもらうしかないわ」
魔力を収めながらレオがこちらの注目を引くように右手の人差し指を上げる。
「一部の例外を除いて、魔物や魔獣は私達が行うような魔力制御はしないの」
「……身体強化に魔力を注いだ瞬間や、魔法を発動する予兆が分かるのはそのせいか」
「そう言う事。ここからは感覚の話になっちゃうけど、その魔力の揺らぎを感じた時に死を予感するかどうかで相手との力量差を判断する事が出来るわ。ちなみにさっき私が魔力を解放した時は……?」
「攻撃を喰らったら死ぬかもしれないと思った」
素直にそう答えると、満足そうにレオが頷き上げていた人差し指でヒエロ山を指さした。誘導されるように視線をそちらに移し、何もなかったためレオの方に向き直ると彼の姿が消えていた。
「今回はどう? なにか感じたかしら?」
「!?」
背後から声が聞こえ振り向くと、レオが月の構えをしたままじっとこちらを見つめている。
「……何も感じなかったな」
「本気で魔力を制御したから仕方がないわ。対人戦の場合、魔力の制御に優れた相手だとこうやって魔力の揺らぎを感じ取らせない動きをしてくるから要注意よ。ちなみにこのまま私が攻撃してたら、デミトリちゃん無防備だったしただじゃすまなかったわよ?」
暗に敵だったら死んでいたと言われ冷汗が頬を伝う。
「……そうなると、対人戦では相手との力量差を測れないと言う事か?」
「魔物と比べると段違いで難しくなるわね。魔力の制御が上手いだけで自分よりも弱い相手もいるでしょうし、敢えて弱めの魔力の揺らぎを発して自分の力量を偽ってから不意打ちする輩もいるから」
「そうか……」
「ただ、難しいだけで不可能じゃないわ」
レオが魔力の制御を切り、周囲が彼の重苦しい魔力に支配される。
「要は死線を潜り抜けて戦闘勘を鍛えればいいのよ」
「……ちょっと、何を言っているのか意味が――」
「これから私は色んな強弱でデミトリちゃんを攻撃するわ。防げると思ったら防御して、死ぬと思ったら避けなさい。身体強化に込めた魔力の量と魔力の揺らぎを変えた不意打ちもするから、とにかくその感覚を掴むのよ!」
「待ってくれ、言われてすぐにできる訳――」
「問答無用よ!!」