手元に視線を落としながらユウゴがゆっくりと手を握り締めては開いている。レオの言葉を聞いて鍛錬をするべきか考えているのだろうか?
改めてユウゴを観察する。高校生にしては身長が高く体格は良い方だと思うが、細身で鍛えている印象はあまり受けない。
「ユウゴは私がこれからみっちり鍛えるから安心しなさい」
「えっ!?」
「当たり前でしょ! デミトリちゃんは今夜しか時間が無かったからかなり荒療治になっちゃったけど、ユウゴはこれから旅しながら色々と教えてあげるわ」
ユウゴが迷っているのに気づいたのか、レオが安心させるように彼の肩を叩く。
「やっぱり鍛えた方がいいよね」
「そうね……勇者の加護に胡坐をかいてたら生き残れないわよ? 歴代勇者の逸話がほとんど魔王との相打ちで終わってる意味を考えなさい」
……は?
「相打ちだと……??」
「デミトリちゃんも知らなかったみたいね……しかも今回は聖女と賢者もいないからより一層気を引き締めないといけないわ」
「そんな……」
「伝えられていなかったのか……?」
俺も知らなかったが、歴代勇者達の末路についてユウゴが把握していない事にアルセが静かに怒っているのが彼の声色から分かる。
レオが把握してる勇者に関する情報をガナディア王国が知らないとは到底思えない。不都合な事実は敢えてユウゴに伝えず勇者として活動させていたとしか……。
「そんなに心配しなくていいわ! 私がユウゴを守るし、片手で魔王を捻り潰せる位強くなれる様に鍛えるから!」
「……よ、よろしくお願いします!」
「良い目ね! その覚悟があれば絶対に大丈夫よ!」
ユウゴの目には確かに強い意志が宿っているが彼にとっては死活問題だから当たり前だ。自分の命が惜しくて魔王討伐を諦めたとしても、それは元の世界に帰る事すら諦める事を意味する。
アルフォンソ殿下から勇者は勇者の使命に縛られると聞いていたが……想像以上に雁字搦めにユウゴの預かり知らない所で動いている思惑に縛られているな……。
「結局徹夜になっちゃったけど、そろそろあの付人達も起きてくる頃合いね」
レオが野営地の方に視線を移して、朝日に照らされた天幕群の周りで活動し始めた対策部隊の隊員を眺める。
「私とユウゴは荷物を纏めて出発の準備をするわ」
「朝食位食べて行った方が――」
「あの付人達がまた文句を言い出したら面倒でしょ? ユウゴの今の実力も把握したいから、王都に向かって移動しながら狩りをするわ!」
そこまで気を遣わせるのはどうかと思ったのかアルセがあまり良い顔をしていないが、リゲルとジョンが騒ぎを起こしたという実例があるため強く否定できずにいる。
「……くれぐれも無理だけはしないでくれ」
「もちろんよ。それじゃあ行きましょうユウゴ」
「うん!」
――――――――
「本当にもう出発するのか?」
解散した後、アルセは対策部隊に指示を出す必要があったため一人で燃え尽きてしまった焚火後で待機していると旅立つ準備を終えたレオが現れた。
元々あまり荷物を持っていなかった様なので何をどう荷造りするのか気にはなっていたが、ユウゴ達の準備を手伝っていたのかもしれない。
「あの付人達が居る限り長居するのは得策じゃないでしょ? ぱぱっと王都に届けて、そのままユウゴとガナディア王国に向かうわ」
「……そんなに状況が悪いのか?」
「ユウゴの旅への同行を命じられた時、王城で色々と聞いたんだけどガナディア王国も大変みたいよ? 命神の天啓さえなければ、ユウゴを使節団に同行させるつもりもなかったみたい」
……俺とユウゴを引き合わせようとしたのはあくまで命神の意志か。それが原因で魔族の犠牲者が増えたのだとしたら――止めよう。命神が何をしたいのか知らないが、俺には関係のない事だ。
「レオちゃんとユウゴはとにかく王都に到達するのが急務と言う事か。道中あの付人達が問題を起こさなければ良いが」
「本当に厄介よねぇ、自分達が捨て駒だって理解してないみたいだしまた何か勘違いして問題を起こしそうよね」
「……目付け役として機能しなさそうなあの態度を見ていて何となく察していたが、やはりそうなのか?」
俺の横に腰を掛けながら燃え尽きた薪に雪を投げ入れ、炭の奥で燻る火種を鎮火させながらレオが嘆息する。
「実際にそうだと聞いたわけじゃないから私の邪推も入ってるけど、ガナディア王国は今魔族との戦いで戦力になる人間が貴重でしょ? 特に強い魔族や魔物の襲撃を受けてる場所にユウゴが派遣されてるみたいだけど、それ以外の場所でも当然の様に小競り合いが発生してるから」
「……既に強い勇者に戦力を集中させるよりも、自領を守るために戦力を保有したい貴族が多いのか」
「そう言う事。しかも勇者の旅に同行する人間となると、対外的に勇者をないがしろにしていない事を示すためにある程度の肩書のある人選が必要になるじゃない? 実力と肩書を両立してる人間なんて早々いないから、取り敢えず生まれ持った爵位って肩書があるあの二人が選ばれたみたいだけど」
「魔王討伐の要となる以上、下手な人間を勇者に同行させられないと言うのは分かるが……」
そうなるとリゲルとジョンも必然的に相応しくないと判断されるべきだと考えてしまう。
「なんとなく何を考えてるのか分かるけど、人間性まで加味すると条件が厳しすぎるのかそこについては目を瞑ったみたいね」
「ユウゴの事を思えば一番重要だと思うが……」
「普通に考えたらそうだけど、政治に関わる人間はどうしても外からの見え方ばかり気にするから。誠実な平民よりも不誠実な貴族が選ばれるのは仕方がないわ」
「……それがリゲルとジョンと言う事か」
呆れ気味に頷きながら、レオがユウゴ達の天幕の方に視線を流し腕を組む。
「そう言う事だと思うわ。戦力にはならないから死んでもそれ程痛手にならない、対外的にはユウゴの旅に同行する事が不自然にならない程度の爵位を持ってる貴族出身で、なおかつ跡継ぎじゃない次男坊と三男坊……」
「生き残って経歴に箔が付けば良し、死んでも勇者が使命を果たすためにその命を捧げたと言えば実家が名声を得られ、死亡時の状況次第ではヴィーダ王国とガナディア王国の交渉で使える手札になるかもしれない、むしろ――」
ガナディア王国からしてみれば、国益を考えれば死んでくれた方がましだと思われていてもおかしくないという一点においては、かなり哀れな立場ではあるかもしれないな。