――暑い。
魔力枯渇寸前まで魔法の操作を試み、休憩して魔力量が回復次第再開する。そんな作業を数時間に渡って繰り返した結果、太陽は既に真上に昇っていた。
朝から何も食べずに無我夢中で魔法を使っていたため腹の虫が鳴っている。最早森ではなく、水魔法により沼地の模様を呈している区画を離れて小屋へと戻った。
小屋の前で、魔法で生み出した弱めの水流で泥だらけの靴とズボンの裾を洗う。
結局魔法を完全に操作することには成功しなかったが、繰り返し魔法を使う内に少しずつ魔力が扱いやすくなっていった。保有している魔力量が少ない時に限るが、魔法の発動と停止だけでなく放出する魔力の量を調整できるようになった。
――取り敢えず、前進はしているな。
まだ湿った小屋の中に踏み入りながら少しでも気分を落ち着かせるために前向きな思考を意識する。本調子にはほど遠いのでもしもまた襲われてしまったらどうしようと言う焦りがないわけではないが、精神が乱れて魔力の暴走を誘発するような事態は極力避けたい。
変わり果ててしまった小屋の中に転がっているヴィセンテの剣を拾い、テーブルについた。昨晩色々あって気が動転していたとは言え、放置していた事に罪悪感を抱く。
――遅れてしまったが、手入れをしよう。
収納鞄から布を取り出し、丁寧に血と水気を拭き取る。刃を確認したが幸いなことに刃こぼれなどはしていなかったが、軽く研いでから刀身に油を薄く塗った。
手入れを終えた剣を仕舞い、床に視線を落とす。剣に付着していた血が水に混ざりあってしまったため、薄いが一目見たら分かるシミが出来てしまっていた。
――壁の修復が無理にしても、ジステインが戻ってくるまでに可能な限り小屋を綺麗にしなければ……
掃除道具を持っているわけではないので途方に暮れていると、また腹が鳴る。
――取り敢えず、何か食べるか。
幸いなことに魔法を放った壁の反対側にあった為、被害を免れた保存棚の中を確認する。ジステインなら何も準備されていない状態で三日間ここで過ごしてほしいとは言わないだろうと、そう踏んでいたが予想は的中していた。保存棚の中には、食料が入っていた。
――水は……
保存棚の中を確認するが食料以外見当たらない。
――ストラーク大森林で大量に確保した川水がまだ残っているはずだが……
一つ、疑問が浮かぶ。
――魔法で作られた水は、飲んでも問題ないのだろうか?
グラードフ領で遠征に参加した際、斥候として同行した部隊の中に水魔法を使う魔術士が居た時の事を思い返す。嫌がらせで自分には分け与えられなかったが、魔術士が生成した水を隊員に振舞っていたはずだ。
――仮に超純水だったとしても、飲んでも問題ないはず……?
前世の知識は酷く朧げで名前すら思い出せないが、何かのきっかけで記憶が蘇ることが今までにも何回かあった。オストプアーを見てダチョウを思い出したり、蜘蛛男の冒険を読み似たような話があったと思ったのもそうだ。
魔法で作った水が飲料に適しているのか疑問に思ったことで、水の性質について前世の知識を少し思い出す事が出来た。
――魔法で作った水は、一切不純物が含まれていないのだろうか? それとも一般的に人が水と認識している真水なのか……?
テーブルで保存棚から取り出した干し肉を頬張りながら、考察を続ける。前世の記憶を取り戻す前そういうものだと一切疑問に思わなかったが、考え始めると水だけでなく四大属性の魔法全てに疑問を抱き始める。
――それで言うと、風魔法が生み出している気体は空気なのか……? 確か、空気はほぼ窒素で他の気体……酸素と他の何かが混ざっていたはずだが……
よくよく考えてみると、あの魔法の風が何なのか想像もつかない。
――土魔法で出来る土や石も気になる。仮に風魔法が空気を生み出しているのだとして、なぜ土魔法だけ異なる物質を作り出せるんだ? それとも風と水の魔法も異なる気体や液体を作り出せるのか?
答えの出ない問いを頭の中で繰り返しながら、収納鞄から取り出した川水を飲む。
――一番良く分からないのは火魔法だ。火は確か……詳しくは思い出せないが可燃物が燃焼された時に放たれる光と熱だったはずだ。他の属性とは異なり物ではなく現象を魔力で再現している?
そもそも無から何かを生み出している事自体が前世の常識から外れている。魔法だからと一言で片付けてしまいたい所だが、どうしても気になってしまう。
――一人で考えても答えは出ないが……確認できる事は確認して損はないはずだ。
とある疑問を抱きながら、保存棚の横に置いてあった桶を拾って小屋の外へと出る。地面に桶を置き、桶の中に水流を放つ。
まだ制御が甘いのか水流の勢いが強すぎて何回か桶を転倒させてしまったが、桶の中に水を貯めることに成功した。
なみなみに注がれた水の中に、手を入れる。
――冷たいな……
少なくとも気温よりは冷たく感じる。
――詳しくは検証できないが、魔法で作り出される水の温度は一定なのか……?
森の中で一人検証できる範囲が狭すぎて、疑問だけが増えていく。
仮に温度が一定ではなく魔法を行使した環境に依存するのであればこれ以上考える必要はない。寒い地域では冷水、暑い地域では魔法が温水になるのであればそれだけのことだ。
だが、もし仮に水の温度が一定なのであれば一つの可能性が浮かび上がる。
――魔法の発動の仕方次第で、水の温度を変えられるかもしれない。