「ここまででいいのかい?」
「ああ。明日の正午迎えに来てくれると助かる」
「あいよ!」
イーロイが手配してくれた馬車なのもあって終始円滑に事が進んだな……馬車の御者と別れを告げ、数日振りに幽氷の悪鬼と戦った際のそりの野営跡地に立つ。
「あれは……」
ヒエロ山の頂上付近を遊泳している影を見て、イーロイが示唆していた生態系の変化が現実だと実感した。数日前まではヒエロ山に居なかったはずのワイバーンが当たり前のように空を闊歩している。
とは言え、急にワイバーンが現れるのは流石に予想外だ……もしかすると、あれはレオが移動に利用していた個体がそのまま住み着いたのかもしれない……。
ヒエロ山の山頂からむき出しの山肌に視線を移すと、かなり距離があるが一面雪に覆われた地面に残された足跡が見える。この距離から視認できると言う事は、それなりの大きさの魔獣か魔物に違いないが……本当に幽氷の悪鬼が討たれて数日で生き物がヒエロ山に移り住んだ事実に驚愕せざるを得ない。
自然は逞しいと言うが、逞しいにも程があるな……目に見える範囲でこれだけ新しい生命の痕跡が確認できるなら、草食獣が消えて行った森のなかに入って早急に入りクリク草の捜索を始めるべきだろう。
街道から反れてヒエロ山に続く平原を歩いていると前方に人影が見える。警戒しながらそのまま歩いていると、程なくして幽炎の対策部隊が着ていた物と似た装備の集団と鉢合わせた。
「……ヒエロ山に何の用!?」
集団の先頭を歩いていた女に高圧的に叫ばれ返答を躊躇してしまう。
開口一番から敵意に満ち過ぎていないか……? もしかすると、俺の事を幽炎を恐れて避難した冒険者と勘違いしているのかもしれない。
「俺はボルデの冒険者ギルドで依頼を請けた冒険者――」
「ふんっ!! ボルデが危機に陥ったら逃げた臆病者ね!!」
「……違う、話を――」
「アヴリル、こんな腰抜け野郎の相手をしても無駄だ。さっさと冒険者ギルドに戻ろう」
「そうね……どきなさい!! そしてボルデを去って!」
こちらの言う事に聞く耳を持たず、正義は我にありと言った様子で激昂しているが……こういう輩は厄介だな。依頼を早く遂行したいし相手をするだけ時間の無駄だが、素直に従って道を譲るのも癪だ……。
「聞こえなかったの!? どきなさいよ!!」
「ちっ……」
不意に疼き始めた呪力が暴れ出さないように、無理やり魔力に込めて身体強化を発動しながら発散する。
「んだこいつ、一言も言い返せねぇなんてとんだ腑抜けだ」
「貴方みたいな冒険者はボルデにいらない! いい加減邪魔だから――」
「黙れ」
「「「「!?」」」」
魔力の制御を止め、湧き上がる呪力をそのまま身体強化を展開する魔力に流し込みながら、アヴリルと呼ばれた冒険者の元に歩み寄る。
「もう一度だけ言うから最後まで話を聞け。俺がここに居るのは、ボルデのギルドマスターに頼まれて依頼を受注したからだ」
「っ……! 緊急依頼の受注を制限してるのは知ってるわよ!! 騙そうとする相手を間違えたわね!?」
ボルデの冒険者ギルドの現状を把握してると言う事は、それなりに冒険者ギルドとの関係性の深い冒険者パーティーのようだが……だからといって横暴な態度を見過ごすつもりはない。
「イーロイに緊急依頼ではなく幽炎対策で保留になった依頼を紹介されただけだ。少し考えれば分かるだろう」
「なんでギルマスの名前を!? ……っ、どうせ嘘でしょ? そんなの証拠が――」
「関係ない冒険者に依頼を受注した証拠を見せる必要も無ければ、一介の冒険者であるお前達に俺の依頼を妨げる権利も、ヒエロ山から退去させる権限もないだろう? これ以上邪魔をするなら……冒険者規則に則って対処する」
後処理が面倒だから出来れば避けたいが……万が一こちらに手を出して来たら盗賊や夜盗と同様正当防衛が成立する。魔力の揺らぎを放ちながら忠告したのでこれで引き下がってくれればいいんだが――。
「わ、私達を脅そうとしても無駄よ!!」
「アヴリル、こいつやべぇぞ!? 伏せろ!!」
「え?」
放たれた火球を防いだ氷壁が気化して、氷交じりの白い霧が宙に舞う。何が起こったのか分からなかったのか、立ち尽くしてしまった女を無視して魔法で攻撃してきた魔術士に肉薄する。
――こちらが下手に出ている内に引き下がればよかったのに……。
「はや――」
発言を終えるよりも早く魔術士の腹に減り込んだ拳から、肉が裂け骨が折れる感触が伝わってくる。吐血した魔術士が地面の上で沈黙したのとほぼ同時に横に立っていた剣士風の男が吠える。
「野郎!?」
「いい加減にしろよ……」
「ぐっ!?」
剣を抜こうとした男の手を、握った剣の柄ごと無理やり握りしめると何かが砕けた様な音が鳴る。
痛みに藻掻きながらこちらから距離を取ろうとする男の抵抗を無視してこちらに引き寄せ、恐怖に満ちた瞳を見つめ返しながら背後から接近しようとした女の靴を凍り付かせて転倒させた。
「何度も警告したがこれが最後だ。負傷した仲間を連れてボルデに帰らないならここをお前たちの墓にする」
「……!! みんな、武器を捨てて!!」
「だけどアヴリル――」
「良いから!!」
ようやく戦う意思を放棄してくれたようで安心する。握っていた男の手を放して、この冒険者達のリーダーらしい地面に這いつくばった女の向けて手を差し出す。
「?? あんたの手助けなんか――」
「何寝ぼけた事を言っているんだ? 冒険者証を渡せ」
「な、なんで――」
「人の話も聞かずに攻撃しておいて無罪放免なわけないだろう……この事は依頼を終えてボルデに戻ったら冒険者ギルドに報告する。その時必要になるから冒険者証を寄越せ、お前がこのパーティーのリーダーだろう」
「アヴリル!! こんな奴の言う事を聞く必要は――」
どいつもこいつも……!
「代わりにお前ら全員の首をギルドに提出しても良いんだぞ?」
「「「!!!?」」」
「冒険者証を渡すから仲間には手を出さないで!!」
「……気が変わった。お前一人から冒険者証を預かっても意味がなさそうだから全員の冒険者証を渡してもらう」