「話が脱線しちゃったね。水属性の魔法が薬草の採取に向いてる理由なんだけど――」
ミラベルが岩に根を張るクリク草を指さす。ここまで近づいてみて初めて俺が今まで採取していた薬草と比較して、全体的に緑の色合いが少し濃いのが判別できる。他にも違いはあるはずだが……改めてあの距離から判別できたミラベルと自分との差を実感する。
「――薬草の中には地面に張ってる根が傷付いた時点で急激に萎びちゃって薬草として機能しなくなる品種があるの」
「クリク草がそうなのか?」
「うん。そのままこの岩から引っこ抜こうとしたら死んじゃうよ」
ミラベルの説明を聞きながら今回の依頼票を取り出す。採取の対象については詳細が書かれているが、採取方法や採取後の保管方法については記載が無い。
とは言え、これを冒険者ギルドの不備と決めつけるのも気が引ける。本来であれば依頼を請ける冒険者が必要な薬草学の知識と、品質を保ったうえで納品できるだけの経験があるか確認した上で依頼を紹介するかどうか判断するはずだ。依頼を投げ出した冒険者は、薬草学に詳しかったのだろう。
今回俺がこの依頼を担当する事になった経緯は色々と特殊だ……ギルドマスターのイーロイも焦っていたし、ソロで銀級に到達しているならこれ位知っていて当然だと確認を取らずに判断してしまったのかもしれないな。
「そこで水魔法が活躍するの。地面に張った根の先まで水魔法で覆ってあげたら、クリク草みたいな繊細な薬草も傷つけずに採取できるでしょ?」
「例えばの話だが、地面に生えている薬草ならそこまでしなくても周りの土ごと掘り起こせるのか?」
「出来るよ! でもクリク草みたいに岩に根を張ってる薬草だとそれが難しいから水魔法と土魔法が重宝されるの。土魔法なら熟練の使い手なら土と同じ要領で岩ごと採取出来るから」
なるほど……。
「それじゃあさっそく採取してみよう」
呪力を帯びた水魔法がクリク草に悪影響がないか一瞬頭をよぎったが、思い返せば負傷したグローリアから呪詛の矢を取り除いた時、彼女の傷口に直接水魔法で生成された水を流し込んだ。
ヴァネッサと初めて出会った時も、彼女を水牢の中に捕えてしまったが健康被害は今の所出ていない。長時間俺が生成した呪力を帯びた水魔法に触れたらどうなってしまうのかは分からないが、採取後すぐに魔法を解いてクリク草が長時間水に晒されるような状況を作らなければ大丈夫だと願うしかないだろう。
魔力制御に集中しながら茎を伝って水魔法を這わせ、根を全て覆う事に注意を払いながら薄い水の膜を広げていく。
「……これでいいのか?」
「わぁ、根と岩の隙間に水魔法がちゃんと入ってるね。初めてとは思えない位うまいよ! そのまま茎を持って優しく持ち上げてみて」
指示に従いクリク草をそっと持ち上げると、岩の表面に沿って伸びた根が形を保とうとする僅かな抵抗があったが思いの外簡単にクリク草を生えていて岩から解放する事に成功した。
「大成功だね。そのまま収納鞄に入れたら依頼完了だよ」
「ミラベル、色々とありがとう。出会っていなかったら依頼を達成できなかったと思う」
「そんな大げさに感謝しなくてもいいよ、手伝おうって言ったのは私のおせっかいだから」
「そう言われても……せめて何か礼をさせて貰いたいんだが、ミラベルも依頼を請けているなら――」
「わたしの目的はちょっとデミトリには難しいと思うから大丈夫」
俺には難しいか……何か特殊な薬草の採取を依頼されているのかもしれない。
「どうしてもお礼がしたいなら、チュパ・カブラのお肉を分けてくれると嬉しいな」
「……食べるのか?」
「美味しいよ?」
山羊の魔獣なのだから、山羊に似た味なのかもしれないが……あのアビス・シードを彷彿とさせる口と「雑食」という事実がチュパカブラを食用の肉と認める事を拒む。万が一人の血を吸っていたらと思うと……。
「一番美味しい部位を貰うのは流石に申し訳ないから、足を一本貰えると――」
「収納鞄は持っているか?」
「え? うん」
「俺はチュパ・カブラの素材を求めていないから、一匹丸ごと貰ってくれないか?」
俺の申し出が相当意外だったのか、腕を組みながらミラベルが首を傾げた。
「それは流石に悪いよ。私チュパ・カブラとの戦闘でなにもしてないよ?」
「礼をしたいと言っておいてなんだが、俺を助けると思って受け取って貰えないか? あの口の形状は生理的に受け付けないんだ」
「え~、本当に?」
「ああ」
少しだけ考えてから、仕方がないと言った様子でミラベルが首を振る。
「そこまで言うならありがたく頂きます。ありがとう、デミトリ」
「こちらこそ改めてありがとう。依頼の達成だけでなく薬草学について色々と聞けて本当に良かった」
俺が収納鞄に仕舞っていたチュパカブラを取り出し、ミラベルがローブの奥から自分の収納鞄を取り出す。
「ふふ、そう言って貰えるとうれしいよ。確かにもらったよ! デミトリの依頼も片付いたし……私はそろそろ行くね」
「分かった。無事を祈っている」
「またね!」
森の中へと駆けて行ったミラベルの姿が見えなくなったのを確認してから街道の方面に振り向く。
――不思議な空気を纏った人だったな……。
――――――――
森を抜け、迎えの馬車が到着する街道横の野営地跡を目指す。
幽炎の対策部隊はあの短時間で既に撤収作業を終え、周囲と比べると半端に雪が積もっていない空間だけが残されていたが一晩過ごすには十分だろう。雪原を歩いていると、野営地があるはずの方角に明かりが見える。
――先客か……?
今朝出会った冒険者達の事を思い出し、念のためヴィセンテの剣を抜く。報復をしに来たのであれば迎え撃つしかない。
警戒しながら重い足取りで明かりに近付いて行くと、野営地に馬車が停まっているのが見える。ゆらゆらと燃える焚火の横に、人影が二つ見えるが――。
「デミトリ!」
「イーロイさん!?」