「ピ~♪」
「上手だぞシエル」
そりの個室の中で窮屈そうに飛び回っているのを見て、青空の元ならもう自由に飛び回れると確信していたがシエルは完全に飛行を物にしている。
まだ育ち切っていない翼で空を切りながら縦横無尽に飛び回る姿を見ていると、ちくりと心が痛む。
野生の本能なのかシエルは飛び方を教えられずとも飛べてはいるが、俺が討伐したコルボとよく似た動きで宙を舞う様を見ているとシエルの成長が嬉しい反面複雑な気持ちになってしまう。
「ピ?」
「すまない、考え事をしていた」
俺の肩に止まったシエルを撫でながら空を見上げる。朝食を食べ終えてからシエルの飛ぶ練習をしていたが、ほぼ真上に上った太陽の位置的にあと少しすれば正午だろう。
「……そろそろギルドに行くか」
「ピ!?」
「そんな怖い顔をしないでくれ、今回は依頼を請けるつもりはないし一緒に行こう」
「ピ?」
「昨日はイーロイに迎えられて納品も依頼の完了報告もしていなかったからな……他にやる事も無いし済ませようと思ってる。それに……」
今朝もヴァネッサ達と会えなかったが……どんな事情があるのか詳しく教えてもらえないなら俺なりに出来る事を試すしかない。昼食も別に取る予定と聞いているので館に残る必要も無いだろう。
「シエル、協力して欲しい事があるんだが力を貸してくれないか?」
「……? ピ!」
――――――――
「綺麗な魔鳥ですね」
「ピ~♪」
興味津々な目でシエルを見つめるダニエラのために少し屈むと、恐る恐る受付の机越しに腕を伸ばしてシエルを撫でてくれた。しばらくシエルを撫でながら目を輝かせていたダニエラと目が合うと、はっとした表情を浮かべ素早く手を戻した。
「私とした事が、すみません。ギルドマスターをお呼びしますか?」
「イーロイさんも忙しいだろう? 今日は依頼の完了報告をしに来ただけだから大丈夫だ」
「先程納品受付に寄っていたのはそう言う事だったんですね。畏まりました、それでは冒険者証をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
首に下げていた冒険者証を外してダニエラに手渡す。
「ありがとうございます。デミトリさんの請けていた依頼は……クリク草の採取ですね」
「こちらが納品証明書だ」
「確かに受け取りました。これにて依頼は完了です。成功報酬の二十八万ゼルは現金で受け取られますか? それとも口座に振り込みますか?」
「現金で頼む」
「承知致しました。少々お待ちください」
このやり取りも久しぶりだな……。
受付の奥に消えて行ったダニエラを見送りながら閑散としたギルド内を見渡す。懐かしいやり取りのはずなのに、ここまで人の居ない冒険者ギルドで行っているのには激しい違和感を感じる。
うるさすぎる位活気のあったメリシアの冒険者ギルドや、アムールの冒険者ギルドと比べるとあまりにも異質過ぎる……早く通常営業に戻れると良いのだが。
「お待たせいたしました。こちらが今回の成功報酬の二十八万ゼルです、ご確認ください」
「ありがとう。確かに受け取った」
「そしてこちらがデミトリさんの新しい冒険者証です」
ダニエラが差し出した冒険者証の縁に、見慣れない金色の枠が追加されているのが見える。少しだけ躊躇してから冒険者証を受け取り、妙な重みを感じながら確認する。
「……冒険者証はすぐに作れるようなものでもないだろう。随分と準備が良くないか?」
「デミトリさんがボルデを訪れる前に白金級冒険者のレオさんが冒険者ギルドにいらっしゃったんです。デミトリさんが冒険者活動を再開するなら金級相当の実力があると書かれた推薦状をギルドマスターに託して、すぐに出発してしまいましたけど」
レオ……。
「白金級の冒険者からの推薦状とは言えそれだけで昇級を決定したわけじゃありませんよ? ギルドマスターが幽氷の悪鬼の件について事実確認した上で、次の依頼を達成した段階で昇級して問題ないと判断しました」
「他の冒険者達からしたら嫌味とも贅沢な悩みとも取られてしまいそうだが……あまり依頼を請けていない身からすると、昇級に値する功績を上げている実感があまりないな」
「デミトリさん。幽氷の悪鬼の一件だけでも十分なのに、対策部隊を襲った死霊と屍人の群れを単身で殲滅したのも昇級に値する立派な実績です。銀級のままにしておくと功績と等級が釣り合わなくて要らぬ衝突が起こりかねないと判断したギルド本部から、早くデミトリさんの等級を上げろとギルドマスターは急かされてたんですよ?」
ギルド本部は遥か東の異国にあるはずだ……俺に関する情報共有がギルド間で早すぎる事には薄々気づいていたが、通信の魔道具の様なものがあるのか……?
それはそれとして、俺の昇級について本部の意向を聞いたうえで慎重に判断しようとしてくれていたイーロイには感謝しなければいけないな……。
「イーロイさんには迷惑をかけてしまったな……」
「そう言ってくれる相手の為ならギルドマスターは幾らでも頑張れる人なので大丈夫ですよ」
「そうか……ちなみに要らぬ衝突と言うのは?」
「ソロの冒険者の実力について懐疑的な冒険者が一定数いるんです。パーティーで活動している自分達が、たった一人の冒険者に後れを取るはずがないという自負によるものだと思いますが」
なるほど……仲間と協力して順当に冒険者としての等級を上げて来た人間からしてみれば、ソロで自分達と同じか自分達よりも高い等級に至ったソロの冒険者の存在が面白くないのは何となく理解できる。
「それでもギルドの決定に異を唱えず、心の内に留めておく冒険者がほとんどです……でもたまに居るんですよ、お馬鹿さんが。ソロの冒険者がそんなことできるはずがない、ギルドに虚偽の報告をしてるんじゃないかと難癖をつけたり、酷い時は実力を確かめさせろと強要する冒険者が……」
そんな馬鹿は居ないだろうと言いたい所だが、今までの経験から否定し辛いな……。