「ボルデはアムール王国に近い気候のため作物が育ちにくい上に、国境の防衛拠点としての役割と幽炎にも備えなければいけない、ヴィーダ王国でもかなり過酷な環境なんです」
「そこまでとは正直思っていなかったな……」
「反対にセヴィラは――と言うよりも、アムール王国は食料の生産を寒冷地でも育つ果物などに特化させていて出荷量も少ないです。それでも生活に余裕があるのは、穀物や麦等の日持ちが良く平民の懐にも腹にも優しい食料を、基本的に貿易で賄っているからです」
エリック殿下もクリスチャンへの制裁について話ていた時に触れていたが、本当に金に物を言わせてどうにかしているのか……思えば結局アムール王国な潤沢な資金源が何なのか分からず終いのまま国を出てしまった。
「ボルデは資源不足を補うためには貿易に頼る必要がありますが……先程言った通りアムールは主な輸出品が資材や食料ではなく、音楽、劇や書物の様な文化資材ばかりなので頼りになりません」
そこまで気になってはいなかったため今後調べる機会も無く、アムール王国の資金源については知る由もないだろうと決めつけかけていたが思わぬ所で答えを得てしまった。
文化資材か……ヴィーダ王国でも話題の本が流行っていると聞くし、異世界でも娯楽は一大市場なのかもしれない。
「重要防衛拠点として認められた上で辺境伯領に指定されているので、王家からの援助も勿論あると思いますが……隣領との貿易に頼るしかないためボルデは決して潤っている訳ではありません」
「食料をほぼ貿易で入手なければならないだけでもかなり財政的に厳しそうだな」
「はい。それでもヴィラロボス辺境伯家は代々私財を売り払って格安の住居を提供して領民に還元したり、人頭税を極力低く設定して住民の生活を守り、市場に出回る食品を住民が無理せずに購入できるように貿易時に生じる関税を撤廃したりとかなり無理をしてきました」
殊勝な心掛けだが……。
「ヴィーダ王国を守るボルデの民はヴィラロボス辺境伯家が守る。その志を代々受け継ぎ、幽氷が発生した際には戦陣を切る事が多いヴィラロボス家に対する領民の信頼は絶大です」
ここまでの話はボルデの住民がなぜ余所者に排他的なのかの説明にはなっていないが、グラハムがわざわざここまで説明したと言う事は――。
「……そこまで身を削って領民を守ろうとした辺境伯家の施策の恩恵を受けていた人間に、余所者も含まれるのか?」
「その通りです。幽炎の襲来が数十年周期と言っても、酷い時は被害者の人数が数百に達する事もありました。減っていく一方のボルデの人口を保って都市として存続できるように、ヴィラロボス辺境伯家は領民達のために行った施策の数々をボルデの住人全員が受けられるようにしていました」
なるほど……大体理解出来た。
もう少しやり様は無かったのかと思わずにはいられないが、グラハムの言った事が本当なら相当根深い問題だな。
「幽氷が発生していない時にボルデに移住して来た者達が、格安の住居や領主の補助で押さえられた物価で生活し……要は甘い蜜だけを吸っておいて、幽炎が発生したら逃げてしまったのか」
「ええ。冒険者だけじゃないんです……これからは私達もボルデの住民だと。一緒にボルデを守ろうと誓ったはずの仲間に、何度も裏切られてきた歴史があります」
「セヴィラ出身のグラハムがやけに詳しいのは……」
「対策部隊に居ると自然と耳に入って来ますからね……実際に仲間や家族が幽炎の被害に遭った部隊員達の憎悪は相当なものですよ」
仲間や家族、友人や恋人が死んだのは別に逃げた奴らのせいではないと頭では分かっていても、感情的になってその二つを結びつけてしまうのも理解できてしまう。
「確かに幽氷の悪鬼のせいと、一言で片付けてしまうのは本質を捉えていないな」
「長々と語ってしまってすみません。先程迷惑を掛けたロッシュも……父親を幽炎に失くしています」
「……知り合いだったのか?」
「いえ……私が対策部隊の一員として二度目の出陣をした際、幽炎に囲まれた私達を逃がすために命を落とした彼の背中しか知りません。そんな私が軽々しく語って良い事ではないかも知れませんが……立派な方でした」
グラハムの命の恩人の息子か……。
「……先程の件だが、ボルデを発つ前に対策部隊と話す機会があれば俺は不問にするつもりだと伝えてくれ」
「すみません……」
「謝らないでくれ。色々と話してくれてありがとう……知れてよかった」
ボルデの住民の余所者に対する態度の背景を知れたことで、何かが劇的に変わる訳ではない。だが、理解できていればもう少し相手の感情や行動理由をおもんばかってこちらも行動できるはずだ。
とは言え、今後もどんな理由があったとしても不当な扱いを受けたら毅然とした対応を心掛けるつもりだが……ロッシュに関してはあの冒険者達と違って手を出されていないし、今回だけは目を瞑っても良いだろう。
「ただ、次はないとも伝えてくれ」
「勿論です。ありがとうございます、デミトリ殿」