――そろそろ大丈夫だろうか……?
小屋の中の音が止んだ段階で、室内に充満していた毒性の霧を逃がすために小屋の扉を開けていた。
防水布で覆っているとはいえ、小屋の壁には大穴も空いている。数時間待ったので、流石にもう室内に踏み入れても問題ないと思いたい。
――今日は小屋の外で寝る必要があるな……
外で待っている間、毒の霧に晒された室内と家具や寝袋を消毒する術がない事に気づいてしまった。何かいい方法が考えつくまで、少なくとも今夜は小屋の外で過ごした方が良いだろう。
――呪力の混ざった水魔法で洗い流そうとしても、余計に悪化しそうだな。
そんな事を考えながら立ち上がろうとした瞬間、小屋が爆散した。
「は?」
理解が追いつかず中腰のまま固まってしまった。辺りには宙を舞った小屋の残骸が降り注ぐ。
「――――――!!!!!!」
「っ!? 嘘だろ……」
爆発の中心に、闇を凝縮したような黒い影が浮遊している。
――何が『正義の番人』だ……
悪人の亡骸が呪力に晒された時に生まれるはずのモータル・シェイドが、雄たけびを上げながら黒い霧を放つ。
避けようと横に走り出したが、霧は空中で方向転換し襲い掛かってきた。また、モータル・シェイドの感情が冷たい霧を介して流れ込んでくる。
――『触れた対象を呪い命を刈り取る呪殺の霧』のはずだが……?
しばらくして、昨晩同様黒い霧が霧散する。
――俺の体中を巡る魔力には呪力が混じっている。まさか、本質的にはあれと同じだから効かないとかではないと思いたい……
呪力の塊であるモータルシェイドを見ながら、嫌な想像をする。
――実体はないはずだが……試してみるか。
昨晩の個体と同様に攻撃が効かなかった事に困惑した様子のモータル・シェイドの元まで、身体強化を掛けながら肉薄する。そのまま、呪弾を放とうとする素振りを見せたモータルシェイドに呪力の混じった魔力で強化された拳で殴りかかった。
突き出した拳はモータル・シェイドの頭部を削り取り、数瞬後残った体が霧散した。
小屋の成れの果ての中心で、拳を見つめる。
――呪力の塊……生に執着する亡者……か。
何とも言えない感情に浸りながら、しばらくそのまま立ち尽くした。
――――――――
毒の花を見つけた大樹の洞の中で、日の出と共に目を覚ました。
眠気眼をこすりながら洞から出て、適当な方向に魔法を放ち魔力量を調整してからすぐに洞の中に戻る。起き上がる時にどけた毛布で、早朝の空気に触れ冷えた足を包む。
――今日で三日目か。
予定通りであれば、ジステインかジステインの使いが迎えに来るはずだ。
――迎えが来るのであれば、小屋に戻らないといけないが……
小屋が酷い惨状になってしまい死体まで放置されている上、あの聖騎士団員達の仲間が来る可能性が捨てきれず昨晩はこの洞に避難した。
――いつまでもここに留まるわけにも行かないな……
ヴィセンテの剣を収納鞄から取り出し、何時襲われても対応出来るように鞘から抜いた状態で森の中を進んでいく。小屋まで戻ると、昨晩と状況は変わらず誰かが来た気配もなかった。
――かなり、頑張って綺麗にしたんだけどな……
やるせない気持ちになりながら、小屋に踏み入る。昨晩収納鞄とヴィセンテの剣だけ回収したが、あの男たちの持ち物も確認したい。
一人ずつ、死体を引きずりながら小屋の外へと運んでいく。
最後に残ったホセの死体を運び出そうとした時、床の上に開いたまま転がっているあの本が目につく。一旦ホセの体を床に降ろし、本を手に取ると記述が増えていた。
『光神教聖騎士団 異能部隊員
光神教の枢機卿直属の聖騎士団に所属する、特殊部隊員。
己の全ての魔力と引き換えに、教会の秘法で異能を獲得している。』
――討伐した魔獣や魔物を自動的に記録する魔道具の類だと思ったが……いや、考えるのはやめだ。これは不思議な本だ。それ以上でもそれ以下でもない。
立て続けに起こる珍事に、心の余裕は当の昔に無くなっている。深く考えず収納鞄に本を仕舞い込み、ホセの死体の運搬を再開する。
三人の聖騎士の死体を地面に並べ、持ち物を確認したが目ぼしいものは何も持っていなかった。唯一特筆すべきなのは、アリッツが収納鞄を持っていた事だった。
――ホセやパブロと比べると戦闘向けの異能ではなかったし、荷物持ちを担当させられていたんだろうか……
なんとなく、自分のグラードフ領での扱いに重ねて嫌な気分になりながら収納鞄の中身を確認していく。
――治療に手間取って結局使わなかったポーションニ本と、食料、路銀……替えの服!
小屋の惨状もそうだが、肌が荒れズボンを履いていない状態でジステインを出迎えるのは流石に避けたかった。替えが手に入ったことで気分が高揚する。
収納鞄からズボンを取り出し早速履き始めた瞬間、何かが落ちてきた。
――筒……?
よく見ると、エスペランザで何度か見かけた騎士団の紋章が施されている。上空を見上げると、筒を落としたであろう鷹が翼を広げ優雅に滑空している。
ズボンを履き終え、筒を手に取り開くと中には手紙と小包が収められていた。
『デミトリ君
状況が変わり、君を迎えに行くのが困難になってしまった。
この手紙を持って、オブレド伯爵領のメリシアという街に居るオブレド伯爵に会ってほしい。詳しい事情は彼から聞ける。
メリシアへは、小屋の正面に立った時に見える一番高い山を目掛けて進んで行けば辿り着けるはずだ。
約束を違えてしまって、本当に申し訳ない。
必ずなんとかなる。どうか諦めないで欲しい。
君の無事を祈っている
アイカー・ジステイン
追伸
些細な情報でもいい。君と別れた後に何かあった場合は、この手紙が入っていた封筒にでも書いておいてほしい。筒に入れて貰えれば、筒を届けた鷹が回収して私の元に届けてくれるはずだ。』
――ジステインの方でも、何かあったみたいだな……
ホセ達の死体を見つめながら、返信する内容を頭の中で纏める。収納鞄からカテリナの筆記用具を取り出し、封筒の裏に返信を書く。
「ジステイン様
色々とご迷惑を掛けてしまい申し訳ありません。
昨日、光神教聖騎士団の異能部隊に所属する『時止めのホセ』、『魔封じのアリッツ』、そして『固定のパブロ』と名乗る者たちに襲われました。
襲われた理由については詳しく聞けなかったのですが、『火種』になるという事とメソネロ大司教から隷属の首輪を支給されたような事を話していました。
証拠の品になるかどうか分かりませんが、彼らが身に着けていた太陽の首飾りを筒に同封します。
彼らの持ち物に収納鞄があったので、念のため死体は保管します。
ジステイン様の無事と、エスペランザ騎士団の健勝を祈っています。
デミトリ」
手紙を書き終え、ホセ達の死体から首飾りを取り外し筒に詰める。地面に封をした筒を置くと、鷹が急降下した。きょろきょろとこちらと筒を何度か見ると、爪で器用に筒を掴み大空へと飛び立っていった。
――メリシアか……
遠目に見える山脈を眺めた後、出発の準備に取り掛かった。