小屋の地面で四つん這いになりながら、屋根の残骸や廃材と化した木片をどかして目当ての物を拾う。
――これぐらいで良いだろう。
ホセの死体をアリッツの収納鞄に仕舞うとき、血まみれの手に刺さった金属片が気になった。隷属の首輪と呼んでいたが、ジステインに渡した方が良いだろうと思い可能な限り集める事にした。
ある程度集めすべて回収するのは早々に諦めて、切りが良い所で作業を終了する。
――爆発した理由が謎だが……呪具と言っていたな?
自分がすでに呪われているから故障? したのだろうか。こんな目にあっている事自体、呪われているせいな気がするので素直に喜べないが……命拾いしたのは確かだ。
カテリナ達が隷属魔法に縛られて、受けた仕打ちを思い出す。
――隷属魔法と隷属の首輪。呪具と魔法で違いは……
首を振って思考を振り切る。
――分からないことだらけなのに、考えすぎても意味はない。割り切ろう。
隷属の首輪をアリッツの収納袋に仕舞って、周囲を最後にもう一度だけ確認する。
――忘れ物はないな。
アリッツの収納鞄に入っていた物は、全てカテリナの収納鞄に移しなおした。ジステインから届いた小包に入っていた金貨もそちらに入れている。アリッツの収納鞄には、死体と隷属の首輪だけ入れている状態だ。
――あいつらの死体をヴィセンテ達と分けて運べるのは不幸中の幸いだな。
カテリナ達の遺体を持ち歩いている時点で今更かもしれないが、そもそも死体の運搬などしたくない。自分を襲った相手なら尚更だ。大事な遺体と死体を同じ収納鞄に入れなくて済んだのがせめてもの救いだ。
――行くか。
忘れ物がない事を確認し、遠目に見える一番高い山に向かい歩き出す。太陽の位置からして、大体北西の方角を目指している事を頭の中に留めておく。
あの聖騎士達が帰還しなかった事が、いつ気づかれてもおかしくない。戦闘になる事を覚悟しながら、ヴィセンテの剣を片手に森の中を進んでいく。
――そもそもあの三人組は、どうやってここまで来たんだ?
アリッツの収納鞄には数日分の食料しか入っていなかった上、野営用の道具は一切入っていなかった。
――想像以上にメリシアが近い? それとも……
異能の力でここまで来たのだろうか?
――考えられるのは……なんだろうな。仮に転移の異能が存在する場合、わざわざ食料と路銀を持ってくる必要はないはずだが……いや、送ってもらっただけで帰り道は自力で帰る予定だったのか?
周囲を警戒しながら、答えのない疑問に囚われながら歩を進める。
――グリフォンに乗ってきた可能性もあるし、分からないな。そもそも、なぜ居場所が分かったのかも分からない……
前世の記憶を頼りに、存在しうる異能を思い浮かべる。
――追跡する異能……探し物を見つける異能……千里眼……占い……神託……?
可能性が多すぎて考えがまとまらない。
――……あいつらがここに来た方法よりも、また襲われた時の事を考えないといけない。
マサトの能力を知った時、似たような異能を持った悪人がいたらと戦慄した。現在、まさしくそんな異能を持った集団と敵対してしまっている。焦りから暴れだす予兆を感じた魔力を、自分の中から追い出すように特大の水流を放ち冷静さを保とうとする。
――あの毒袋を作っていなかったら、あのまま捕らえられていた……
なるべく考えないようにしていたが、あの三人組を倒せたのは奇跡としか言いようがない。
隷属の首輪が壊れなかったら、毒袋を作っていなかったら、呪力が水に変わらなかったら、パブロが挑発に乗らず三人の注意を逸らせなかったら……何か一つでも欠けていたら確実に捕らわれていた。
――即死の異能みたいな能力があるのかどうか分からないが……どうしようもないものはさておき、対処出来る可能性のある異能については対策を考えよう。
ニ十分ほど歩き、木々の密度が少し薄くなってきた森を歩きながら注意深く周囲を観察する。
――毒無効の異能でも持っていない限り、今回の件で毒が有効なのが分かった。可能であればまたあの花を採取したいが……
そう都合よく生えているはずもなく、探しながら思考を続ける。
――あの本に書いてあったことが本当なら、聖騎士団の異能部隊員は異能を持っていても魔力を持っていないはず。戦闘系の異能でなければ身体強化と魔法でなんとかなるはずだ。
教会の秘法とやらで異能を授かっていない、魔力持ちの敵と対峙した場合については一旦除外して考える。
――対処を考えないといけないのは、行動を制限する動きや魔力を封じる異能と、透明になったり時を止める様な攻撃に使える異能か……
既に死亡した人間と同じ異能を持つ者が居るのか否か、異能を持つ複数人に襲われるのかどうかで対処方法が変わるので悩ましい。
――ぱっと思いつく異能だと、固定ではなく体の自由を奪われた上で操作されたらどうしようもない。なんでも切り裂く異能で、いきなり攻撃されたら……
前世の記憶を頼りに存在しそうな異能を考えれば考えるほど、戦おうとしていること自体が無謀に感じ始める。
――相手の能力を奪う異能……攻撃を反射する異能……重力を操る異能……幻覚を見せる異能……必ず攻撃を当てる異能……対象を消滅させる異能……老化させる異能……腐敗させる異能……洗脳する異能……五感を奪う異能……感覚を操作する異能……物を創造する異能……結界……物の大きさを変える……姿を変える……封印……常識改変……時間逆行……運命操作……
思いつく異能全てが、どうしようもないものばかりで眩暈がする。
――……でも、俺は勝てた。
どれだけ強力な異能を持っていようと、それこそ不老不死の異能でも持っていない限り人は死ぬ。
殺せる。
――約束を果たすまで、どんな理不尽にも抗うと決めたんだ。やってやる。
イザンを殺した直後に、また人を殺してしまった。それなのに既に慣れてしまい、また殺すことを厭わない自分はもう引き返せない所まで来てしまったのだろう。
ヴィセンテの剣を強く握りしめ、思いつく限りの異能に対して対策を練りながら、一人森の中を歩み続けた。