日が落ち切った森の中で、明らかに自然のものではない明かりが遠目に見えた。周囲を警戒しながら、ゆっくりと明かりの元へと向かう。
ある程度明かりの近くまで到達すると、人の声と血の匂いがこちらに届く。
「お頭にバレたらただじゃ済まねえぞ?」
「黙ってりゃ分からねえって」
木陰に身を潜めながら、気配を消して接近する。木々が少し開けた場所で革製の軽装を身に纏った、盗賊の様な風貌の男達数人が焚火を囲んでいる。
「久々に上玉だったのに勿体ねぇ」
「十分楽しめただろ」
「よくあんなガキ相手に発情できるな」
「お前は年増が好きなだけだろ!」
「デニスの熟女好きはともかく、あれはお頭達が帰ってくる前にお前らで片付けとけよ」
男が指差した先には、物言わぬ少女の死体が横たわっていた。服ははだけていて、必死に抵抗したのか顔面には強く殴られた痕が残っている。
「大人しくしてりゃあ良かったのに、馬鹿が!」
男が立ち上がり少女の頭を蹴り上げようとした瞬間、考えるよりも先に魔法を発動していた。
少女の横に立っていた男の頭に呪力を込めた水球が当たった直後、血と脳漿の混じった水が辺りに飛散する。頭部の抉れた男の体が倒れるよりも先に、身体強化を発動した状態で少女を指差していた男の元まで全力疾走して辿り着く。
「な」
男の顔に突き刺した剣の刀身が真っ赤に染まっているのが、貫通した頭越しに見える。即死した男を蹴り飛ばし、強引に剣を抜き取りながら残った二人の男達の方へ向き直す。一連の出来事に反応できずにいた男達が、慌てて立ち上がろうとする。
「なんなんだてめ」
発言を待たず、一番手前に居た男の頭を刎ね飛ばした。
一人残された男が、震えながら地面を転がる仲間の頭部を目で追う。
「デニス」
名前を呼ばれ、男の体がびくりと揺れる。恐怖に満ちた目でこちらを見つめながら、身を守るように腕を上げている。
「返事は?」
「はい!?」
「見た所お前らは盗賊だな?」
「そう、です……」
「ここからメリシアまでの距離は?」
「……? あ、歩いてニ日ぐらいです」
――やはり、そんなに遠くはなかったか。
「彼女は?」
「彼女……? あっ!?」
殺された少女の事を認識すらしていなかった事実に腹が立ち、魔力が乱れたのと同時にデニスが土下座しながら慌てて話し出した。
「こ、この娘は街道で襲った馬車から攫いました!」
「……他の乗客は?」
「そいつ以外は、その場で……母親の方が好みだったんですが。丁度父親も居たし、色々と楽しみたかったんですが仲間に止められてしまって――」
――この状況で、何を言っているんだこいつは?
気持ちの悪い表情をしながら急に饒舌に語り出したデニスに対して、嫌悪感を抱く。
「……なるほど。他の仲間は?」
「……」
黙り込んだデニスの頬をかすめるように水球を放つ。背後の木の幹が抉られ、木の繊維が千切れる音を立てながらゆっくりと地面に倒れた。
「もう一度だけ聞く、他の仲間は?」
「……仲間は……裏切れない」
「そうか」
「待っ」
身を守ろうと掲げた腕ごと、デニスの頭を斬り飛ばした。
――クズが……
デニス達の死体を雑にアリッツの収納鞄に仕舞い込みながら、内心毒を吐く。
少女の遺体は、川水に濡らした布で丁寧に血と汚れを拭き取り可能な限り綺麗にした。
――前世の記憶だと……こういう時、間一髪の所で助けてあげられるものじゃないのか?
やるせない気持ちになりながらため息を吐く。今までの経験から分かりきっていた事だが、この世界は非情だ。
最後に少女の顔に残る涙の跡を優しく拭き取ってから、遺体を丁寧にカテリナの収納鞄に入れる。
「助けてあげられなくて、すまない……」
決して届かない謝罪をしながら、周囲を確認する。男達の荷物には数日分の食料と盗んだであろう金貨以外特筆すべきものはなかった。アリッツの収納鞄に全て仕舞い、ヴィセンテの剣を手入れしてから焚火を後にする。
――仲間が何人いるか分からないが、お頭が戻って来るまでにあの子の死体を片付けるつもりだったんだ。すぐには戻ってこないだろうし、鉢合わせる前にとっととメリシアに向かおう。
ストラーク大森林を旅していた頃を思い出しながら、夜の森を駆けていく。今の魔力量であれば、寝る間を惜しんで進み続ければ日が昇る前には街道に出て、運が良ければ明日中にメリシアまで辿り着けるかもしれない。
――問題はメリシアに着いた後だな……
ヴァシアの森に逃げた事を、ジステインが容易にばらすとは思えない。それなのに追手が来たということは、位置がばれているか内通者がいるとしか思えない。
――気は進まないが、街には忍び込んだ方がいいかもしれないな……
万が一検問をしている兵士に開戦派の息が掛かっていたら、その場で捕らえられるだろう。そうでなくても、普通に検問を受けたら運んでいる大量の死体が見つかり追手の件とは関係なく大問題になるのが目に見えている。
――何人も人を殺しているんだ、法を犯すことに今更躊躇しても……あまり意味はないのかもしれないな。
ヴィーダの法は知らないが、盗賊を討つ事自体は問題ないはずだ。それでも、感情に任せて殺し、あまつさえ一人は尋問した上で捕縛することもできたのに無抵抗のまま処刑した。褒められた行為ではない事ぐらい分かる。
グラードフ領から逃げ出してから、少しずつ人として大切な何かを失っているのではないか? そんな不安を胸に抱きながら、暗闇の中突き進んだ。