――後をつけられているな……メリシアに向かって一直線に進んだのが良くなかったかもしれない。
恐らくあの盗賊達の仲間が、こちらを追ってきている。
――……おかげで魔力感知擬きを試せたし、良しとしよう。
小屋で試してみたが、魔力が勝手に水になってしまうので通常の魔力感知は行うことができなかった。代わりに、水魔法を使ってクリスチャンから聞いた魔力感知の代用ができないかと考えた。
色々と試してみた結果、霧状の水魔法を周囲に漂わせる事によって疑似的に魔力感知を再現することに成功した。後方で五人の人間が霧の中、こちらに向かって走っているのが分かる。
――五人か……ここで片を付ければ今後追われる憂いを断つ事も出来る。一石二鳥だと考えよう。
闇の中疾走しながら、どう迎え撃つべきか考える。
――……どうせならあれも、試してみるか。
木々が開けた空間で立ち止まり、アリッツの収納鞄を開いて地面に向ける。急に立ち止まった自分を警戒してか、一定の距離を保ちながら追跡者たちが木陰に身を潜めた。
デニス達の死体が開かれた鞄から地面に投げ出されたのと同時に、呪いを込めた水魔法で死体を包む。
「てめぇ何してやがる!!」
――仲間の死体が急に現れて、魔法で攻撃されたんだ。当然の反応だな。
木陰から姿を現した盗賊達を無視しながら、殺意の混じった呪力を水魔法に込め続ける。
――元々俺の呪力なんだ……言うことを聞いてくれよ?
「「「「――――――!!!!!」」」」
「なんだ!?」
「お頭、危ねぇ!」
デニス達の死体から発現した四体のモータル・シェイドが、雄叫びを上げながら盗賊達に向けて呪弾を放つ。
お頭と呼ばれた男は部下に庇われてなんとか呪弾を回避できたが、胴体を引き千切るように通過した呪弾によって部下は両断され絶命した。他の盗賊達も、急な魔物の出現に動揺して身動きを取れないまま呪弾によって肉塊になり果てた。
下半身を失った部下に覆いかぶさられながら、尻餅をついた盗賊の頭が目を見開いてモータル・シェイド達を見つめながら狼狽している。
――あいつは呪殺の霧で倒せ。
そう念じると、モータル・シェイド達が一斉に黒い霧を放つ。
「やめ、やめろ! 死にたくない、やだやだやだ……!」
情けない声で泣き叫ぶ男が、黒い霧に晒され急激に干乾びていく。霧が晴れた後に残ったのは、骨に皮が張ったミイラ化した死体だけだった。
――消えろ。
念じながら呪力を霧散させると、モータル・シェイド達が消滅した。
――思いのほか、上手くいったな……
そもそもモータル・シェイドが生まれない、或いは生まれたとしても操ることに失敗する可能性が高いと考えていた。少しでも可能性を高めるため盗賊の死体を全て出して試したが、まさか4体同時に生まれるとは思っておらずこちらに敵対したらどうしようと内心冷汗をかいていた。
デニス達の死体を、もう一度呪力を込めた魔法で包み込む。
――同じ死体からは、もう生まれないのか。
魔法を解除し、死体を全てアリッツの収納鞄に仕舞いながら検証できた内容を振り返る。
――魔力感知擬きは大成功だな……恐らく霧という実体で判別している都合、通常の魔力感知と違って魔力を持たない異能部隊員でも感知出来るはずだ。
試してみないと分からないが、理屈としては正しいはずだ。
――モータル・シェイドを操れるかどうかは賭けだったが、放った後の呪力を制御し続けていれば問題なさそうだな……
初めて出会ったモータル・シェイドと小屋を破壊したモータル・シェイドは自分が魔法を放ってから時間が経ち、制御していなかった呪力によって生み出されていた。今回は意識して制御を続けていたので、操ることに成功したのだろう。
――やっている事は、死者を冒涜する死霊術師そのものだな……
人の道を外れた行為に自己嫌悪に陥りそうになるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。生き残るための手札が増えた事を喜ぶべきだと、無理やり自分に言い聞かせる。
――問題は呪殺の霧だな……
盗賊の頭と自分とで、呪殺の霧を食らった時の効果が違いすぎた。盗賊の頭に起こった事の方が、あの本に書いてあった『命を刈り取る』という記載に近い。念のため記述を確認しようと思い、収納鞄からランプと本を取り出した。
ランプを灯し、本を開くとまた記載が増えていた。
『モルテロ盗賊団
ヴァシアの森を拠点とする盗賊団。メリシアとダリードの街を繋ぐ街道沿いで略奪を繰り返しており、頭目のモルテロには懸賞金が掛けられている。』
――だからなんだ、としか言いようがないな……
事前に敵の情報が分かるのであればまだしも、戦った後に補足されても意味がない。モルテロ盗賊団の記載を飛ばしもう一度モータル・シェイドについて確認する。
――やはり、盗賊の頭に起こった事が本来の呪殺の霧の効果みたいだな……
そうなると、なぜ自分には呪殺の霧が効かなかったのかが気になる。
――今回は四体のモータル・シェイドが呪殺の霧を発生させていたから効果が強かったのか……? それにしても、俺に効果がなかった説明にならない。他にあり得るのは……俺が既に呪われているから効かなかった位か?
隷属の首輪が爆発したことを思い出す。
――呪殺の霧や隷属の首輪の様な呪具が効かない、それらを上回る程強力な呪いを受けていると言うことなのか……?
「はぁ……」
本とランプを仕舞い、頭を空っぽにしながらメリシアに向けて走り出した。どんな呪いを受けているのか、今は考えたくもなかった。