しばらく歩いていると街並みが変わってきた。ここまでレンガ調の建物が続いていたのに、少しずつ木造の建物が増えてきている。すれ違う街の人も徐々に柄が悪くなって行っているような気がする。
道に面した古びた二階建ての建物の横に、見覚えのある馬車が停車している。
――バレスタ商会……
建物の二階に掲げられた古びた看板は、今にも落ちてきそうだ。塗料が剥げていて、事前に商会の名前を知っていなければ読めなかったかもしれない。
一階は酒場になっており、真昼間にも関わらず酔いしれている集団で賑わっていた。道に面したテラス席で、顔を赤くした男達が酒盛りに励んでいる。
――あの商人は、酒を仕入れている様子だったが……
辺りを見渡すが、ここは明らかに商業区じゃない。当てが外れたことに落胆しながら来た道を引き返そうとすると背後で何かが割れる音がする。
「すみません! すぐに片付けます!」
「おいおい、慌てんな姉ちゃん。怪我したら大変だろうが!」
「おい野郎ども、割れた食器を片すの手伝え! 終わったら乾杯するぞ!」
「本当にすみません、私が責任もって綺麗にするので」
「口答えするな嬢ちゃん、やっちまうぞ野郎ども!」
――……口は悪いけど、良い人達だな……
先程まで自分の服装が変な目で見られていないか敏感になっていた手前、柄が悪そうだからと色眼鏡で彼らの事を見ていた自分が恥ずかしい。一旦引き返すのはやめて、歩きながら周囲を確認する。
大通りと比べると建物は木造の物が多い。作りも若干古めかしいが、趣がある。飲食店や酒場が並んでいるので、ここはメリシアの繁華街なのかもしれない。道沿いに歩いていると、人の出入りが激しい一際大きな建物が目につく。
立派な三階建ての建物に、剣と盾を描いた大きな看板が目立つ。
――冒険者ギルド……
頭の中で警鐘が鳴り響く。本能に従いその場を後にしようとした瞬間、ギルドの入口の人垣から少年が飛び出してきた。
反射的に少年を受け止めてしまった事を後悔しながら、人垣の方を見る。人の海が割れ、その中央に剣士、魔術士、重騎士と僧侶のような見た目をした四人組が立っている。
「セイジ、今日をもってお前をトワイライトダスクから追放する!」
「マルコス……みんな……どうして!?」
――頼むからこのまま会話を続けないでくれ……
早くこの場を去りたいが、少年は全体重をこちらに預けながら殴られたであろう頬を抑え泣いている。野次馬に囲まれた場の空気的にも、少年を放り出して去るに去れない。
「ふざけるな! 貴様が食料に怪しい薬を混ぜていたのは知っている!」
「違う! ぼくは――」
「言い訳は聞きたくない!!」
――トワイライトダスク……黄昏黎明……? 意味が分からないな……
現実逃避している間に、マルコスがセイジに向けて投げた固い物が顔に当たる。
「痛っ……」
「これは餞別だ! お前の様な者は今後真っ当な仕事に付けないと、憂いてくれたジェニファーに感謝するんだな!!」
「みんな、嘘でしょ!? ぼく達は仲間じゃ――」
「黙れ! それを持ってとっとと消え失せろ! 金輪際俺達に関わるな!」
――こいつらには、俺が見えていないのか?
マルコス達はそのままギルドの中へと入っていき、野次馬たちも追放劇に満足したのか大半がこの場を離れていく。
しくしくと泣く少年を抱えながら、ギルド前の道の真ん中で放置されてしまった。
――何時までも、こうしてはいられないな……
「あー、大丈夫か?」
「うっ……ぐす……」
――しがみつかないでくれ……
セイジが両手でシャツを掴み、顔を俺の胸に埋めながら泣き始める。
――買ったばかりなのに……
胸元が生暖かい液体で濡れる嫌な感触と、買ったばかりのシャツに早速皺が付いてしまいそうな事実に苛立ちが募る。正直セイジと関わりたくない。黒目黒髪の容姿、名前と先程の茶番からして転生者の可能性が高い。
――とにかく引き剥がして、この場を去らなければ。
「取り敢えず、ここは邪魔になるから道の脇に――」
「っ! じゃ、ま!?」
セイジがシャツを掴む力が増し、更に勢いを増して号泣しだす。
――埒が明かないな……
身体強化を発動しながらセイジを片手で抱え上げ、もう片方の手で地面に落ちている小包を拾ってその場を去る。
「えっ!?」
突然の浮遊感で、セイジも少し冷静さを取り戻したのかもしれない。まだ泣いているが、移動していることに困惑しながらこちらを見上げて問いかけてくる。
「ど、どこに連れて行くんですか?」
「……あのままギルドの前にいて、あいつらが出てきたら面倒だろう? 俺も巻き添えを食らいたくないから、離れているだけだ」
「すみません……」
「落ち着いたなら、下ろしても大丈夫そうか?」
「……」
――なんでそこで黙るんだ……
無言になってしまったセイジを抱えながら、元来た道を歩き続ける。
「あの場にいた人間はなんとなく察してくれるかもしれないが、このままだと人攫いだと思われて通報されかねない」
「すみません……」
――だからなぜそこで黙るんだ……このままこの場に落としたい……
なるべく関わりたくないが、どんな能力を持っているのか分からないので変に恨みも買いたくない。このまま置き去りにしてこの場を去りたい気持ちを必死に抑えながら、会話を続ける。
「俺はこの街に来たばかりで土地勘がない。どこか送ってほしい場所があれば、道案内してくれれば連れていけるが……」
「このまま……真っすぐ進んで最初の角で左に曲がってください」
――図々しい……
街人から痛い視線を受けながら、めそめそと泣きながらも的確に道案内をするセイジに従い歩いていく。繁華街からかなり歩いた後、パティオ・ロッソと書かれた看板が掲げられた宿に到着した。
「ここまでで大丈夫か?」
「……はい……ありがとうございました」
ようやくセイジを下すことに成功し、拾っていた小包を彼に渡す。
「これは、君のものだ」
「……」
「俺が持って行くわけにもいかないだろう? なにがあったのか知らないが、これを受け取るか、捨てるのか、君が選択するべきだ」
「分かりました……」
――渋々だったが、受け取ってくれてよかった。情報収集をするつもりだったのに、変な事に巻き込まれてしまった……
繁華街に戻る事を一瞬検討したがすぐに断念した。あの騒ぎの後、戻ってしまったら変に注目を集めてしまうかもしれない。
――冒険者ギルドで、今後こういう事に巻き込まれないとも限らないしな……今後繁華街には極力近寄らない方が良いだろう。変に聞き込みをして怪しまれては元も子もないし、マルタの古着屋に戻ってあの店主に話を聞くのが良いかもしれない。
「あの!!」
立ち去ろうとしていたら突然背後から大声がして上着を誰かに掴まれた。嫌な予感がしながらゆっくりと振り向くと、顔を赤らめたセイジが右手でがっしりと上着を掴んでいる。
「すこし、お話できませんか?」