パティオ・ロッソの女将に貰った地図を頼りに、パティオ・ヴェルデに辿り着いた頃には日が沈み切っていた。街灯に照らされた木造の宿は蔓に覆われ、街中にも拘らずヴァシアの森の中の小屋を彷彿とさせた。
宿に踏み入ると、作りはパティオ・ロッソに似ているが内装の装飾が緑を基調にしている。カウンターの先に立っている店主の前まで歩み寄り、声を掛けた。
「すみません、パティオ・ロッソの女将さんにすすめられて来たんですが……」
渡された地図を握りしめながら、カイゼル髭の店主に話しかける。
「ほう、見せてくれないかな?」
店主に紙を渡すと、先程まで仏頂面だった表情が和らぐ。
「ポーラの紹介なら歓迎だよ、ようこそパティオ・ヴェルデへ」
紙を丁寧に折りたたみながらカウンターの裏に仕舞い、店主が話しかけてくる。
「何日間滞在する予定かな?」
「ご迷惑でなければ今日と明日の二日間部屋を抑えた上で、必要に応じて延長したいのですが……」
「予定は未定と言うことかな?」
「わがままを言ってしまい申し訳ありません。最悪本日だけでも泊めて頂ければ助かります。先に宿泊費をお支払いできます」
ポーラが渡してくれた紙に書いていたが、一晩八千ゼルで食事付との事だ。破格の値段なので、是非とも滞在を確約したい。
「流石ポーラの紹介だね。部屋は空いているから、取り敢えず二日分の宿泊費を貰えるかな? それ以降については、応相談ということで」
「ありがとうございます!」
一万六千ゼルを支払い、店主に部屋のカギを渡される。
「そこの階段を上がって、2階の一番手前の部屋だよ。丁度夕飯の準備をしているけど、部屋で食べるかな、それとも食堂で食べるかな?」
「食堂で頂きます」
「そうか、それでは待っているよ」
店主と別れ、木製の階段を昇っていく。部屋はベッドとクローゼット、備え付けのシャワーとお手洗いまで付いていた。
――ガナディアの宿に泊まったことはないが、すごいな。
部屋の設備に感心しつつ、ベッドに腰を掛ける。一瞬シャワーを浴びようか迷ったが、食後で良いかと思い直し部屋を出た。
本来であれば収納鞄を置いてくるべきなのかもしれないが、カテリナの収納鞄もアリッツの収納鞄も肌身離さず持っていないと落ち着かない。ほぼ部屋を内見してすぐ出た形になってしまったが、宿の一階にトンボ帰りした。
「おやおや、部屋はもう堪能したのかな?」
「はい、夕飯まで食堂で過ごせればと思いまして」
「良いよ、食堂はそこのドアの先だから準備ができるまで待っていてくれ」
店主の指差したドアを開き、食堂に入る。縦長のテーブルが並ぶ広間の先で、食堂に隣接した厨房でせっせと料理の準備をする料理人が見える。なんとなく食堂の中央付近の席について、料理人たちを眺めながら時間を潰す。
しばらくすると、食堂の扉が開き他の宿泊客が食堂を訪れた。なんとなく扉の方に視線を移すと、昼間会ったマルコス達と目が合う。
ずかずかとこちらに歩み寄るトワイライトダスクの面々に身構えていると、座っている席の手前で立ち止まり全員が一斉に頭を下げた。
「申し訳なかった!!!」
マルコスがそう叫ぶと、食堂が静寂に包まれる。
「頭を上げてください?」
居た堪れなくなりそう声を掛けると、マルコスたちは一斉に顔を上げる。全員申し訳なさが顔に滲んでおり、それ以上に何と声を掛けて良いものか悩む。
「不躾なお願いで申し訳ないのだが、昼間の件についてしっかりと謝罪したい。拒否したければ貴殿の気持ちを尊重するが、同席しても構わないだろうか?」
「大丈夫、ですよ?」
何と言えばいいのか分からず若干片言になってしまう。トワイライトダスクの面々の態度の違いだけでなく、他の宿泊客の視線が気になり居心地が悪い。
「かたじけない」
マルコスがテーブルの反対側に回っている間に、両脇の席を他のトワイライトダスクのパーティーメンバーに固められる。
――座る位置がおかしくないか?
対面の椅子に辿り着き着席したマルコスが、深々と頭を下げる。
「まずは、貴殿の顔に金貨を投げつけた事を謝罪しなければならない。治療費が必要なら全額お渡しする。本当に、本当に申し訳なかった」
「……傷も残らず、自己治癒でなんとかなる程度だったので問題ありませんよ?」
「だが、貴殿は確かにあの時痛いと言っていた……」
――聞こえていたのか……
「本当に、この通り全く問題ないので大丈夫です。会話の内容的に、わざとぶつけようとしていたわけではないのは理解しているので」
前屈みになりながら、頭をマルコスの方へと差し出す。
「貴殿の寛容な対応にこれ以上異議を唱えていては、それこそ不義理だな。ありがとう」
再びマルコスが頭を下げ、追従するように横に座っているトワイライトダスクのメンバー達も頭を下げる。居心地の悪さが最高潮に達しながら、マルコスが言葉を続ける。
「辛い事を聞くようで申し訳ないのだが、あの後どうなったのか教えてくれるだろうか?」
「あの後……?セイジを……パティオ・ロッソまで送って別れました」
「妙なことは、聞かれなかっただろうか……?」
マルコスの目が不安に揺れる。どこまで話していいものか思案していると、横に座っていたトワイライトダスクの一員たちが話始める。
「その聞き方じゃ、答えられないわよ」
「我々の話を先にしないと、不公平じゃないか?」
僧侶の装いをした男性と、魔術士の女性が一斉に話し出す。
「……ちゃんと説明するべき」
重騎士の女性が重い口を開くと、マルコスが観念したように項垂れる。
「皆の言う通りだな。すまない、最初から説明したいのだが……」
マルコスが急に押し黙る。
「謝辞を伝えようと必死で、礼を失してしまったな……自己紹介もせずに話し込んでしまった。私はトワイライトダスクのリーダー、マルコスだ」
「パーティーの回復役を務める、僧侶のエミリオです」
「魔術士のジェニファーよ」
「重騎士……イラティ」
全員に見つめられ、自己紹介を余儀なくされる。
「オブレド領軍志願兵のデ……ニス……です」
――デミトリはヴィーダでは聞きなれない名前だし、もうこの偽名を通すしかない。
無理やり自分を納得させようとしていると、マルコスが語り始めた。