少しの間無言で食卓を囲んでいたが、少し心配な事もあったのでマルコス達に思い切って話しかける。
「マルコスさん、俺の方からも共有をしてもいいですか?」
「勿論だ」
「あの後、セイジが離れてくれなかったので仕方がなくパティオ・ロッソまで送ったんですが――」
カタン、とマルコスが食器を鳴らす。
「繁華街からかなりの距離があるはずだが一体どうやって……」
「泣きながら縋りついてくるセイジを、脇に抱えながら――」
「本当に申し訳ない!!」
「大丈夫です。何か変な噂を聞いたら訂正だけはして欲しいですが」
「明日、ギルドに報告して巻き込まれた件について周知してもらう」
食事を開始してから少し顔色が戻っていたマルコスが、再び憔悴しきった様子になってしまい心が痛む。
「本当に、多分大丈夫なので気にしないでください。共有したかったのは……パティオ・ロッソに送り届けた後セイジに引き留められてしまい、話した内容に気掛かりな点があった事です」
「気掛かりな点?」
「急に弟子にしてくれとお願いされて、理由を聞いたら見返すために強くなるみたいなことを言い始めて……」
「それは……」
マルコスの表情が曇り、隣に座っているジェニファーから怒りで乱れた魔力の揺らぎを感じる。
「俺の事を上位冒険者だと勘違いしたみたいで……その場で訂正して、話の流れで弟子の件はなくなったんですが。彼はまだトワイライトダスクの皆さんに執着してるようなので、一応耳に入れた方が良いと思い」
「デニス殿、忠告してくれてありがとう」
「止めを刺した方が良かったかもしれないわね」
――魔力暴走を起こさないよな? ジェニファーから物凄い魔力の揺らぎを感じるが……
内心冷汗をかきながら、グラスに注がれた水を飲み干す。
「……窃盗の件で、彼を憲兵に突き出す事はできないんですか?」
「ギルド側は諸々考慮した上で俺達の主張を信じてくれたが、証拠不十分だろうな……デニス殿はギルドの対応に疑念を抱いていたようだが、ギルドなりに可能な限り厳しく処罰したことは理解してほしい」
「……そんなに分かりやすかったですか?」
「真剣に話を聞いてくれた上で、俺達の事を考えてくれていたのは伝わったよ」
――恥ずかしいな……顔に考えが出やすいのかもしれない、今後気を付けよう。
「それにしても、セイジの件は悩ましいな」
「付きまとわれるのは面倒くさいわね」
「解毒魔法を鍛えようかな……」
エミリオの発言に、全員沈黙する。
――証拠は見つかっていないにしろ、毒を平気で人に使うような人間に執着されたら堪らないな……
「国……出る?」
一人黙々と食事を進めて、デザートのおかわりを食べていたイラティの声が沈黙に包まれていた食卓に響く。
「イラティ?」
「アムール……丁度収穫の季節」
「イラティ……」
「悪くないかもね」
「え?」
イラティの発言に賛同したジェニファーに、マルコスが驚く。
「打診してもらってた、商会の護衛依頼があったわよね?」
「それはそうだが、今回の件でパーティーの評価が下がるだろうし――」
「断られたらその時はその時よ」
「アムール、行ってみたかったんですよね!」
困惑するマルコスをよそに、トワイライトダスクの面々がアムールに行くことについて盛り上がる。
「みんな……」
――トワイライトダスクは、ヴィーダ出身なのだろうか? 国外逃亡紛いの事をさせることに、マルコスはリーダーとして負い目を感じているのか?
マルコスが国を出ることに対してなぜ消極的なのか分からないが、乗り掛かった船だ。出来る限り忠告したつもりだが、彼らが今後セイジに害されるような未来はなるべく阻止したい。
――国を出るのは、一大決心だ…経験から分かる。
「マルコスさん」
「デニス殿?」
「冒険者は、よく違う国に行ったりするんですか?」
「そういうわけでもないな。拠点としている国や街を出ずに生涯を終える者もいるし、世界中を旅する者もいる」
「他の国に渡航した場合、帰って来れないみたいな制限は?」
「戦時下でもない限り、特にないが……」
「いつでも帰って来れるなら、気分転換に行ってみてもいいんじゃないですか?」
「……そうだな」
思いつめた様子だったマルコスの雰囲気が和らぐ。
――ちょっとは気が楽になっただろうか……
トワイライトダスクの面々がアムールについて話し合う中、食事を終え食器を片付ける準備をする。食器を重ねて席を立とうとした所で、マルコスに止められる。
「あー、デニス殿。食器はテーブルに置いたままで大丈夫だ」
「そうなんですか?」
「宿泊客が食堂を出た後、まとめて回収されるんだ。みんなももう食べ終わったな、部屋に戻ろうか」
トワイライトダスクと共に食堂を出て、受付横の階段に到着したところでマルコス達が立ち止まる。
「デニス殿、今日は色々とすまなかった。話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ丁寧にありがとうございました」
「俺達はセイジの件もあるし、明日中にはこの宿を引き払おうと思う。何かあったらいつでもギルドに訪ねてきてくれ」
「分かりました」
別れを告げ、マルコス達が階段を上がっていくのを見送ると受付から声を掛けられる。
「あの子たちが宿を引き払うって、どういうことかな?」