「君は考えている事が表に出やすいな。セイジとトワイライトダスクの話し合いの場に私も同席していたし、セイジはあの一件で冒険者ギルドのブラックリストに載った。事態の終息を確認するため、彼にはあの日監視を付けていたんだ。君の事も報告を受けて把握していたよ、デニス殿」
あの時咄嗟に名乗った偽名でこちらを呼びながら、ギルドマスターが笑いだす。
「今日、君に会って驚いたよ。なぜ熟女狩りのデニスの名なんか借りていたんだ?」
「それは……!! 本名を明かすべきじゃないと思い……」
――なんて不名誉な二つ名なんだ……
「君が望むなら、通り名として冒険者証にデニスと追記してもいいが」
「それは必要ない!」
頭に血が上っているのが分かる。力強く否定したことが相当面白かったのか、腹を抱えて涙を目に浮かべながら大笑いするギルドマスターが落ち着くまでの間羞恥に耐えながらじっと待つ。
「あー笑った。少しは肩の力が抜けたんじゃないか?」
「……」
――肩の力が抜けたのは、そちらの方だけじゃないのか……
ギルドマスターを睨んでいると、少し困った表情で腕を組みながらギルドマスターが口を開く。
「領主邸で説明したようにギルドは君の状況を把握している。警戒心を強く持つのも仕方がないと思っている」
未だに手元に持っていた冒険者証を机に置き、ギルドマスターが姿勢を正しこちらに向き直しながら真摯な表情で言った。
「そして君が冒険者ギルドに対して、不信感を抱いているのは気づいている。ただ、こちらとしても猜疑心の塊のような奴を守るのは骨が折れる。無理強いはしないが、少しだけ歩み寄ってはくれないか?」
「それは……申し訳なかった。色々とあって、過剰に反応していた部分もあったかもしれない」
――セイジの件もあって、疑心暗鬼になっていたのは確かだ。
最終手段とは言いつつ、全てを投げ出してメリシアから逃げ出そうとまで考えていた。自覚している以上に、追い詰められていたのかもしれない。
「ありがとう。まずは報酬の件だが、少し補足した方が納得して貰えるかもしれないな」
ギルドマスターが机の上に置かれた袋を、指でトントンと触れがら説明を続ける。
「デミトリ君、君が冒険者になった所で冒険者ギルドが君を守るために取れる手段は限られている。その理由が分かるか?」
「……ギルドとして、中立を保つためか?」
「そう言う事だ。例え話だが、君に対して妙な指名依頼を出そうとする貴族がいたとしよう。そう言った分かりやすい方法で君に接触してきたらギルドも毅然とした対応を取れるが、相手は開戦派の貴族や教会だ。君と接触する場合そんな単純な方法を取らないだろう」
――隷属の首輪を用意して誘拐しようとする様な奴らだ、正攻法では攻めてこないだろうな……
「冒険者が貴族と揉め事を起こしたら、ギルドは冒険者を見捨てると勘違いされたくないが……実情として、実績のない新人冒険者が貴族と問題を起こした場合ギルド側も動き辛い。逆に言えばギルドで信頼の厚い、実績を積んだ冒険者はそれだけ守りやすいとも言える」
もう一度差し出された冒険者証を、今度は素直に受け取った。
「例えば、君が青銅級の冒険者ではなく最上位の白金級の冒険者だったら、ギルドは君と揉め事を起こした貴族と全面戦争することも辞さないだろう」
――冒険者の等級が分からないからピンと来ないが、理屈は理解できるな。
「ギルドが君を守る大義名分を得るためにも、君には冒険者として早急に実績を積んでもらう必要がある。異論はあるかもしれないが、これはヴィーダ王家の意志でもあるから納得してくれ」
「実績か……」
「難しく考えなくてもいい。普通に冒険者として活動して、依頼を達成すればいいだけだ。流石に失敗を重ねられたら困るが、モルテロ盗賊団を倒せる実力があるなら問題ないだろう」
「いや……あれはたまたまで――」
「たまたまでも討伐したのは事実だ。本来であれば青銅級から始める所だが、モルテロ盗賊団の討伐を考慮して銅級までに一気に引き上げさせて貰った」
ギルドマスターが冒険者証を指差し、視線をその先に移すと板の縁が鈍い銅色になっていることに気付く。
「今後の事を考えると最低でも銀級、願わくば金級になってもらわないと困るが幸先いいじゃないか。君の活躍に期待しているよ、デミトリ君」
――――――――
結局受け取ってしまった報酬を収納鞄に仕舞い、パティオ・ヴェルデまで歩いて帰った頃には疲れ切っていた。受付を通り過ぎて自室に戻ろうとしている途中、宿の店主に引き留められてしまった。
「志願は上手く行ったのかな?」
ニコニコとそう言った店主の方を見ながら逡巡する。
――この宿の部屋はデニスの名で取ってしまっているし、冒険者になった事を説明するべきだろうか……
少し会話のペースが独特だが、街の事を教えてくれた親切な店主を騙し続けていることに罪悪感を感じる。
「黙ってしまってどうしたのかな? 上手く行かなかったのかな?」
心配そうにこちらを伺う店主に、可能な限り正直に話すことにした。
「実は、成り行きで冒険者になることになりました」
「それはまた急だね、それじゃあ明日以降も滞在するのかな?」
――そこら辺は、オブレド伯爵に確認しないといけないな……
「取り敢えず、滞在を一日延長してもいいですか? 宿泊費は今お支払いします」
「そういうことなら、問題ないよ」
「後……親切な人に教えてもらったんですがどうやら名前の綴りを間違えて習っていたみたいで……訂正してもいいですか?」
「それは大変だね、名簿を出すからちょっと待ってね」
店主がカウンターの裏から、宿泊名簿を取り出す。
――もう名前も出目も知れ渡っていて、冒険者証も本名で登録されているんだ。隠さなくても問題ないだろう。
店主から羽ペンを受け取り、偽名に二重線を引いて本名を書き込む。
「デミトリ君か、珍しい名前だね!」