シャワーを浴び、着替えを終えて寝台で横になる。何もする気になれず、寝転がりながら時間だけがゆっくりと過ぎていく。
明日、オブレド伯爵邸を訪れるまでに出来ることは何個かある。しばらくの間メリシアに滞在することになりそうなので、街の北側の商業区も訪れたい。冒険者として活動するのであれば、職人街を訪れて武具屋も確認するべきだと頭では分かっている。
――……今日は、もういいか。
それでも、行動に移す事ができなかった。何となく流れでオブレド伯爵とギルドマスターの話に納得してしまったが、改めて考えてみると状況はあまり良くない。
――街中で襲われたり攫われる可能性はまだあるんじゃないか……? ガナディアと戦争を起こしたいのであれば、そんなことをした時点で今の状況の俺は火種になり得ないと判断されたのか? そうだとしても、考えなしの開戦派に襲われる可能性は十分残っているが……
後ろ向きな考えが、頭の中を埋め尽くす。
――冒険者として活動するのも、本当に安全なのか? ギルドマスターが言っていたように直接害そうとするのではなく、受注した依頼から居場所を特定されて依頼中に襲われたらどうしようもないが……
自分の処遇に関して、少なくとも信頼を置けるジステインが賛同している。彼が自分の後見人に推薦したオブレド伯爵やギルドマスター、はたまた王家までこの方針に賛成している。
――俺が、考えすぎなのか……? それとも……
寝台から起き上がり、テーブルの上に置いていた収納鞄からジステインの手紙を取り出す。
『元々はジステイン伯爵家が君を引き取る方向で話が進んでいたが、君を襲った開戦派や教会の動きがまだ掴み切れていない。ガナディアが勇者召喚に成功したという噂も流れていて、状況は依然として混沌を極めていると言わざるを得ない』
――勇者召喚か……あの三人の事だろうか……
自分が転生する直前の記憶を思い返す。
――勇者召喚を理由に、両国間の緊張が増しているなら……
開戦派としては好都合だろう。勇者召喚を理由にガナディアに侵攻の意思があると訴え、ガナディアに進軍する事を進言するだろう。
――ここまで聞いた話だと、王家は開戦を阻止したいはずだ。その王家が開戦派や教会の動きを掴めていない中、ガナディアでは勇者召喚の噂が立ち、開戦の火種にできそうな亡命者がいる……
王家の立場に立って、考えてみる。
――王家と繋がりのあるオブレド伯爵家を後見人に付ける事で、俺が襲われたとしても開戦派の望み通りにはならないだろうが……襲われたら襲われたで、開戦派の情報を引き出すには丁度いい釣餌だな……
ジステインの手紙を握り締めながら悲観的な思考を加速させていると、階下から怒鳴り声が聞こえてくる。
――なんだ?
部屋を出て、一階の受付に繋がっている階段を下る途中で聞き覚えのある少年の叫び声が聞こえた。
「トワイライトダスクのみんなに会わせてください!! なんで邪魔するんですか!?」
足を止め、階段の中腹で立ち止まる。
「さっきも言おうとしたけど、彼らはもう――」
「大事な話なんです! これ以上邪魔したら後悔させますよ!」
「そんなことを言われても、困るんだけども……」
――なんでセイジが……
宿の店主が心配になり、駆け足で階段を下る。受付に辿り着くと、カウンターに身を寄せながら憤怒の形相でセイジが店主を睨みつけていた。
「トワイライトダスクなら、もうこの宿を引き払ったと思うぞ」
「っ!?デニスさん、なんでここに!?」
セイジに詰め寄られ、両手を上げながら彼から距離を取る。
「君をパティオ・ロッソまで届けた後、女将にこの宿を薦められたんだ」
「そんな事より、トワイライトダスクのみんながもういないってどういうことですか!?」
――聞いておいて、そんな事よりとは相変わらず図々しい奴だな……
「俺も詳しくは知らない。昨晩たまたま食堂で鉢合わせて、俺の事を覚えていたみたいでな。『セイジの知り合いが居るならもうこの宿には泊まれない!』って凄い剣幕で言っていたから、多分もういないんじゃないか?」
「クソ!!!」
セイジが踵を返し、宿屋の出口に向かう。
「モブのくせに余計なことしやがって……いや、そういうイベントか? とにかくあいつらを探さないと……」
乱暴に宿の扉を開けながらずかずかと出て行ったセイジが立ち去ったのを確認してから、開けっ放しになってしまった扉をそっと閉じる。振り返ると、店主が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ごめんね、私が対応しなくちゃいけなかったんだけども」
「気にしていないので大丈夫です、災難でしたね……」
店主を労い部屋に戻った頃には精神的疲労が最高潮に達し、これ以上考えることを放棄して眠りについた。