パティオ・ヴェルデに立ち寄り一カ月間の滞在延長の手続きと宿泊費の支払いを済ませてから、繁華街にある冒険者ギルド前まで辿り着いた。ひっきりなしにギルドを出入りする人の波に混ざりながら、ギルドに入り一直線に受付まで向かう。
受付には三つの窓口があり、その全てに冒険者の列が出来ていた。一番人の動きが速い列に並んでしばらく待っていると、自分の番が回ってきた。
「ご用件は依頼の発注ですか、受注ですか?」
手元で処理している書類から目を離さず、受付嬢がぶっきらぼうに問いかけてきた。
「冒険者になったばかりで、できれば冒険者制度について説明――」
「冒険者証を提示してください」
引き続きこちらを見向きすらしない受付嬢に発言を遮られてしまった。嫌な印象を抱きながら、首から下げていた冒険者証をシャツの中から取り出す。
勝手が分からず、直接渡す必要があるかもしれないと思い冒険者証に通していた紐を解こうと両腕を首の後ろに回した瞬間首からぶら下がっている冒険者証を乱暴に掴まれた。
「銅級冒険者のデミトリさんですね、ブレアド平原のメドウ・トロル討伐依頼を受けてください」
「メドウ・トロルの討伐?」
――依頼の斡旋ではなく、まず色々と説明を聞きたいんだが……
一瞬だけ掴んだ冒険者証を見た後、受付嬢が脇から大きな紙の束を取り出し膝元で高速でめくり始めた。
「はい、今おすすめできる依頼ですとこちらがデミトリさんに最適です」
紙の束から一枚の依頼書を見つけ出した受付嬢が、こちらに依頼書を差し出しながら初めて俺と目を合わせる。忙しいので早くどこかに行ってほしいと思っているのが、ひしひしと伝わってくる。
――メドウ・トロルの討伐は、トワイライトダスクがセイジとの一件で放棄した依頼じゃ……?
トワイライトダスクの実力は計り知れないが、パティオ・ヴェルデで彼らと話した時横に座っていたジェニファーから感じた魔力の揺らぎは相当なものだった。解毒魔法を習得していると言っていたエミリオも高位の僧侶だろう。イラティも重装備を着ながら俊敏に食堂を動き回っていたし、近場で見たマルコスの肉体は歴戦を乗り越えた戦士の物だった。
――彼らがパーティーを組んで討伐する魔物を、一人で倒すのは流石に……
「その……薬草の採取とかゴブリンの討伐――」
「こちらの依頼を受注して頂けないのであれば、本日ご紹介できる依頼はありません」
前世の記憶を頼りに初心者冒険者向けの定番の依頼を紹介してもらえないか打診しようとしたがまた発言を遮られてしまう。早く受け取れと言わんばかりにもう一度依頼書を掴んだ手をこちらに伸ばしながら、受付嬢の視線が俺の背後に移る。つられて振り返ると、列に並んだ冒険者達が明らかに苛立ち始めている。
「……分かりました。この依頼を受けます。」
「依頼の受注、ありがとうございます。詳細は依頼書を確認してください」
依頼書を受け取った後受付嬢は即座に手元の書類に視線を落とし、これ以上後ろに並んでいる冒険者達の邪魔にならないようにそそくさと受付から離れた。
――結局、聞きたいことは何も聞けなかったな……
ギルドを出て、居心地が悪かったのでそのまま繁華街を後にした。大体夕方頃だろうか、宿に戻るには早過ぎたので街の中心の公園に向かった。
――一日中、街の中を行ったり来たりしているな……
噴水までの道に備えられたベンチに腰を掛けながら、収納鞄に仕舞っていた依頼書を取り出す。
――メドウ・トロルの討伐依頼……場所はブレアド平原……討伐証明はメドウ・トロルの耳……死体を持ち帰った場合は特別報酬有……無期限の依頼……
ざっくりと依頼書を確認したが、受付嬢の言っていた程詳細が記載されていない。
――無期限の依頼と書いてあるが、常設依頼なのか……? 死体を持ち帰った場合報酬があるみたいだが、そもそもこの依頼の成功報酬は幾らなんだ?
依頼主も書いていないし、よくよく考えて見ればなにも手続きをしていないのでこのまま依頼を達成したとしてもちゃんと依頼を達成した事になるのか不安だ。
――依頼書自体が受注表扱いで、受付嬢が忙しなくやっていたのがギルド側の手続きなのか?
分からない事ばかりで溜息が止まらない。昨日今日と時間を作ってくれたが、こんな事でオブレド伯爵の時間を取って相談するのも気が引ける。
頭の中で『コミュ障』という謎の単語が急に浮かび上がり、更に不安を掻き立てる。
――そもそも、メドウ・トロルの見た目も分からないな……
あの場の雰囲気に流されて依頼を受注してしまったことを十分後悔してから、両手で頬を叩いて頭を切り替える。
――あの仕事が出来そうな雰囲気の受付嬢があれだけ自信満々に依頼を紹介したんだ、問題ないだろう。メドウ・トロルについては、宿に戻って店主に聞いてみよう。
トワイライトダスクや他の冒険者も泊まっている宿だ。店主が情報を持っているかもしれないし、運が良ければ食堂で冒険者に聞いてみる機会があるかもしれない。
――マルタの古着屋の店主は……知らなそうだな。コスタ工房の店員も微妙だ……
パティオ・ヴェルデで当てが外れると後がないが、その時はその時と無理やり自分を納得させながら宿への帰路についた。