――想像以上にきついな……
草の中に潜む魔獣に襲われないよう魔力感知擬きを発動して避けながら、時折水球で近寄ってくる魔獣を牽制しつつ牛歩で進む。警戒しながら進む必要がある上、少し重心をずらしただけで意識を失い脱力した背中におぶっている冒険者が滑り落ちそうだ。
――こういう時に限って、誰もいないとは……
背負ってる冒険者たちの救助を手伝ってもらえるかもしれないと淡い期待を抱いていたが、行きはちょくちょく魔獣を狩っている冒険者に遭遇したのに戻りは一組にも出会っていない。
神経をすり減らしながら歩みを進め、何個目か分からない丘を登り切った所でようやく広場が見えた。
「おい、大丈夫か!?」
「俺は平気だが、こいつらが怪我をしてる」
こちらに気付き広場から駆け寄ってきたイムランと彼のパーティーが、傷ついた冒険者たちの介抱を手伝ってくれようやく目的地に辿り着いた。
「灰色のでかぶつなら、メドウ・トロルで間違いねぇな……」
イムランのパーティーに所属している僧侶が重症の冒険者二人に治癒の魔法を掛ける横で、事情を説明する。
「襲われている所に偶然居合わせて助けたんだが」
「良く、無事だったな」
「運が良かった」
「……」
一瞬黙ってしまったイムランが何か考えてから、気になっていた事について聞かれる。
「メドウ・トロルの死体はどうしたんだ?」
「冒険者の規律が分からないから、救助を優先してそのまま放置してしまったんだが……一応討伐証明の耳だけ剥ぎ取ったんだが、放置したのはまずかっただろうか?」
「いや、人命救助を優先するのが正解だ。お前の行動は間違っちゃいねぇから心配するな。ちなみにメドウ・トロルと戦った場所は?」
「この広場から、真北に一直線に進んだ先だ」
「らしいぞ、ギレム」
イムランが視線を移した先に振り向くと、聞き耳を立てていたらしい男がこちらに寄ってきた。
「兄ちゃん、ほんとにメドウ・トロルを倒したのか!?」
「疑うなら、討伐証明を見せるが……」
収納鞄からメドウ・トロルの耳を取り出すと、ギレムと呼ばれる男に詰め寄られる。
「マジか! 死体の状態は!?」
「足に傷があって、首を刎ねてる以外は良いんじゃないか……?」
――こいつは誰で、なぜこんなに興奮してるんだ……
「俺はイエローウィンドのパーティーリーダー、ギレムだ! 是非メドウ・トロルの回収を担当させてくれないか!?」
がっしりと手を掴まれ、ギレムが腰を折りながら上目遣いで懇願し始めた。どう反応すればいいのか分からず硬直していると、イムランが助け舟を出してくれた。
「混乱してるから、その辺にしろギレム」
ギレムを俺から剥がしてから、イムランがこちらに向き直る。
「放置された魔物や魔獣の死体は、基本的に討伐した冒険者が所有権を手放した扱いになるんだが……別の冒険者を救助するために放置した場合扱いがちと特殊でな」
「同じ扱いじゃ、だめなのか?」
「お前みたいな考えの冒険者ばかりなら、それでも問題ねぇんだが……そうすると素材や報酬欲しさに救助を躊躇したり、助けられるのに見殺しにしちまう冒険者が出てくる」
「それは……」
――あり得なくは、ないか……
「同じ冒険者をしてる仲間なんだ、そんな事をする奴の方が少ねぇと思いたいが誰でも欲に目が眩む可能性はある。それを防ぐために救助した結果魔物や魔獣の死体を放置した場合は、救助者が所有権を持ったままになる」
「なるほどな……」
「たまたま見つけたんじゃなく、悪意を持って救助者の獲物を横から搔っ攫ったらバレた時点で冒険者証を剥奪される。バレない様に気をつけても、噂は出回るもんだ。悪評の立った冒険者は白い目で見られるし、そいつらが困っていても助けなくていいのが暗黙の了解になってる」
――命の危険がある仕事だ、同業者からの信頼を失ったらその時点で終わりだろうな……
「お前は、これからメドウ・トロルの死体を回収しに行くつもりはあるか?」
「いや、放置して問題ないなら正午の定期馬車でメリシアに帰りたいんだが……」
さすがに疲れてしまったので、出来れば回収に戻るのは避けたい。
「それじゃあ、ギレムのパーティーに回収の依頼をしてくれ。救助者からの回収依頼の場合、救助者に負担はねぇ。担当したパーティーには、ギルドから特別報酬が出る上しっかり実績にもなる」
「助け合った方が、皆得するようになっているのか」
「そういうことだ。回収をしておかないと所有権の問題で色々と面倒な事になるしな、ここはギレムに頼んでおけ」
イムランが懐から、おもむろに小さな木の板を取り出す。
「今回は俺のパーティーが証人になる。いいな、ギレム?」
「分かったぜ!」
イムランが、木の板を手渡して来たので受け取る。
「これは……?」
「俺のパーティーの割符だ。半分に割ってギレムに片方渡してくれ」
よく見ると、板には薄く鉄槌の絵が彫られている。言われた通り板を半分に割って、片方をギレムに手渡した。
「略式だが、これでいいだろう」
「よっしゃあ!!」
ギレムがものすごい速度で走り去って行く。呆然としながら割符を握りしめていると、イムランが説明を続けてくれた。
「お前があの冒険者達を救った事と、イエローウィンドに回収依頼を出したことは俺のパーティー、アイアンフィストが保証する。その割符は、俺らがこの件の証人である証だ。ギレムは落ち着きがねぇけど良い奴だし、イエローウィンドも良いパーティーだ。問題ねぇと思うが、こういう事はしっかりしとかねぇと後々問題が起こった時面倒だからな」
「何から何まで、ありがとう。俺だけじゃどうすればいいのか分からなかった」
「気にすんな! 今朝の件の詫びもできてなかったし、こういう事は先輩に頼れ!」
――本当に、面倒見のいい人なんだな。
「カズ、マ?」
「ここは……」
豪快に笑うイムランの横で、治療を受けていた冒険者達の声が聞こえる。カズマと呼ばれた男は未だに意識を取り戻していないが、彼の仲間たちは僧侶の治療の甲斐もあって起き上がりながら周囲をきょろきょろと確認している。
「っ!? カズマ!!」