「マルク、後の事は任せた。私はノーラと話したいことがあるから先に失礼する。話を聞かせてくれてありがとう、デミトリ君。今後の活躍にも期待している」
ギルドマスターが立ち上がり、力なくノーラと呼ばれた受付嬢も後に続き、そのまま二人は会議室を去ってしまった。
「今のは一体……」
「はぁ……本題に入りたいが、先にこの件について説明しないといけないな……」
ギルドマスター達が去り、マルクも先程と比べて大分雰囲気が和らいだ。大きく溜息を吐きながら、先程の話し合いの間保っていたまっすぐな姿勢を崩す。
――確かに、今日は救助の件でマルクと話すはずだったな……
先程まで異様な雰囲気に呑まれてしまっていたが、本題は救助の件だ。
「手短に説明するとノーラ、あの受付嬢はお前に紹介してはいけない依頼をすすめた」
「それは……なんとなく会話の内容で察していたが」
「そうだな、話すと長くなるので色々と割愛するが、彼女は自分の仕事の速さに誇りを持っている」
「なるほど……?」
――確かに……彼女の受付前の列は短かった。冒険者達を捌く速度も他の窓口よりも早かったな。
「だがギルドの受付に求められるのは速さじゃない、正確さだ。冒険者の力量を見誤って、達成できない依頼を割り振ったら死人が出る。依頼に失敗すれば依頼人に迷惑が掛かり、ギルドの信用にも関わる。命を預かっているという自覚のない者に受付は務まらない」
「もしかして……」
「解雇されるかどうかは、ギルドマスター次第だ。今回被害を受けたのは君だし、君の意向も聞いて欲しいとお願いされている」
「……」
「参考までに……事前に彼女や冒険者達から聞いた情報を補足する。彼女は速さを追求するあまり時間が掛かりそうな相談をされた場合、話を切り上げるためぎりぎりその冒険者が受注できる困難な依頼を提示していたらしい……」
――それはもう、仕事が速い云々の話ではないと思うが……
「新人や気の弱そうな冒険者を狙ってやっていたみたいだ。君以外の被害に遭った冒険者達はそのまま引き下がってしまい、苦情も出ていなかったのでギルド側で把握するのが遅れた。完全に冒険者ギルドの監督不行き届きだ。申し訳ない」
マルクが、姿勢を正してから深々と頭を下げた。
「それで……君はどうしたい? 今回は運よく無事だったが、依頼次第では命を落としていたとしてもおかしくない。冒険者ギルドとしては、なるべく君の意志を汲み取った上でノーラの処罰を決定したいと考えている」
「俺は……」
――……色々と……面倒くさいな……
「……正直に言ってもいいか?」
「構わない。君の素直な気持ちを教えてくれ」
「俺は冒険者ギルド側の決定に異を唱えるつもりはない、勝手にしてくれ」
「え……」
マルクは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら固まってしまった。
「理由を……聞いても良いか?」
「ノーラの事情は知らないが、人が職を失う責任を負いたくない。あの様子だと、俺のせいで首になったと恨まれそうだ」
「それは……」
彼女を横で監視していたマルクは、ノーラが俺に寄越していた視線に気づいていたようだ。
「結果的に俺が無事依頼を達成できたからと言って、寛容な処置を求めるのも違う。将来彼女が同じ過ちを繰り返して、別の冒険者が被害に遭ったらあまりにも後味が悪すぎる」
「そうなったとしても、君のせいでは……」
「……そう言って貰えるのはうれしいが、理屈ではそう分かっていてもどうしても責任は感じてしまう。どちらに転んでも俺にとっては損でしかない。説明してくれた通り今回の件がギルドの監督不行き届きで、俺に一切落ち度がないのであれば俺に意見を求めず彼女の処遇についてはギルド側で責任を持って決めて欲しい」
一息で言い切ったが、自分でもこれで正しいのか疑問だ。本当に他の冒険者達の事を思うのであれば、ノーラが首になる事を背負う覚悟で彼女に対して厳しい処罰を求めるべきなのかもしれない。
――そもそもノーラが事を起こさなかったら、こんなことについて悩む必要もなかった……
先程までは状況を理解できず困惑していたが、今はノーラに対する怒りで胸が満たされている。胸の内を渦巻く怒りを呪いに込め、魔力に宿しながら身体強化を発動して発散する。
「……そうか。君の言っている事はごもっともだ。ギルドとしては君に寄り添うつもりがあったのは理解してほしいが、逆に悩ませてしまい申し訳ない」
「いや、こちらこそ言葉を選ばずに答えてしまってすまない」
怒りを独特な方法で発散しながら、マルクと会話して冷静さを取り戻す。
「それでは、この件についてはこれ以上話す必要はないな。本題に移ろう!」
マルクが空気を変えるために大声でそう言い放つと、椅子に座ったまま屈み書類の束を持ち上げながらテーブルの上に置いた。
「早速だが、君は奴隷が欲しいか?」