「事情が少し変わってしまったな。先ほどの一件でカズマはギルド職員への傷害、君に対する暴行と殺害未遂、受付で暴れた時の器物損壊など諸々の罪で憲兵に引き渡さなければならない。行政の方で処理した後、犯罪奴隷になるだろう」
「借金奴隷とは、どう違うんだ?」
「犯罪奴隷の身柄は国が預かる。ただ借金奴隷と違い、犯罪奴隷が借金を背負っている場合債権は国では買い取らない」
「それは……」
――……確かに、国が債権を買い取っていたら悪用できそうだな。
「察しが付いてそうだから詳細は省くが、国が犯罪奴隷の債権を買い取ってしまうと色々と問題がある。カズマはこれからギルドに対する賠償や損害の支払いと、君への賠償と謝礼の支払いをしないといけないんだが……」
「国が債権を買い取らないなら、どうなるんだ?」
「非常に面倒くさいが届けを出して、随時カズマが奴隷として得た給金から国がこちらに支払う形になる。君さえよければ、ギルドが君の代理人としてカズマ関連の請求の窓口をまとめてもいいが」
「ぜひ、お願いしたい」
「分かった。これから必要になるだろうし、君の口座を開いておく。メリシアに限らず、すべての冒険者ギルドの受付で冒険者証を提示すれば金の預け入れと引き出しが可能になる。希望すれば、依頼の報酬金も受け渡しではなく口座に振り込んでもらえるようになる」
――そんな制度まであるとは……ギルドはどれだけ財力と影響力を持っているんだ?
「ノーラの件しかり、長時間拘束してしまってすまない。これで、今回の件は決着した認識だが……何か気になる点はあるか?」
「カズマの仲間達は――」
「ああ、心配するな。救助については彼女達の態度も褒められた物ではなかったので、連帯責任になって当然と判断されたが襲撃は全く別件扱いだ。罪に問われるのはカズマだけだ。受付でカズマが暴れてから会議室で君を襲うまで、終始彼を止めようとしていたと聞いたし……そういえば、なんで彼女達は怪我をしたんだ?」
マルクから簡単に事の経緯を共有していたが、細かい部分はまだギルドマスターに説明しきれていなかった。
「彼女達はカズマがギルド職員を突き飛ばした後、身を挺してカズマを止めようとした。その時、乱暴に突き飛ばされて怪我をしたんだ」
「本当か、マルク?」
「デミトリの言ってる通りだ」
「ほーう?」
ギルドマスターが、拳を顎に押し当てながら嬉しそうな表情で問いかけてくる。
「気に掛けた理由が何となく分かった。何か言いたい事があるんじゃないか?」
「報告書に署名しているのに、後出しでこんな事を言ってはいけないのかもしれないが……俺がメドウ・トロルを倒した時、彼女達は重傷を負って気絶していた。メドウ・トロルが倒された所を見ていないし、俺と会話したのも治療中に覚醒した直後で、気が動転していた可能性がある」
報告書を読めば文脈から察せられるかもしれないが、カズマ達に抱いていた悪感情からわざわざ言及していなかった事を一つずつ述べて行く。
「命を失いかけて、助かった喜びで浮かれていたとも思う。自分がメドウ・トロルを倒したと言ったカズマに同調していたが、あの状況では赤の他人ではなく仲間を信じてしまうのも納得できる……騙されていたようなものだから、同情する余地もあったと思う」
冷静になって考えてみれば、彼女達のやった事は良くなかったが情状酌量の余地は幾らでもあった。
「イムランに諭された後、態度は悪かったが食い下がろうとするカズマに引き下がる様助言もしていた。今回の襲撃でも、二人共職員が負傷した時真っ先に気に掛けていたから根は悪い奴らじゃないと思う」
「なるほど。報告書に署名した後になって言うのは、確かに今更だな?」
ギルドマスターがにやにやしながら、痛い所を指摘してくる。
「どう思う、マルク?」
「報告に求められるのは何があったのか、事実を正確に伝えることだ。その点デミトリの報告はどこも間違っていなかったし、今話した事をわざわざ言わなかったであろう理由も理解できる。だが、今の内容については一考の余地がある……俺も報告書には書かなかったが、イムランから個人的にカズマ以外の奴らは更生の余地があるから大目に見てやってくれとお願いされていた」
「マルク……そういうことは、報告書をまとめる前に共有するべきだろう」
「聴取後の個人的な雑談だったし、いくら友人からの願いでも公私混同は避けるべきだ」
――それを先に言ってくれれば、俺も今じゃなくて署名する前に共有していたんだが……
ギルドマスターと共にジト目でマルクを睨んでいると、わざとらしく咳払いをしながら懐から見た事がない報告書を取り出した。
「ギルドマスター、こっちの報告書を確認してくれ」
「これは……?」
「イムランから聞いた事を考慮して……少し彼女達に優位的な記述も入れている報告書だ」
「イムランに申し訳ないと思ってわざわざ用意しているなら、作って隠すんじゃなくて事前に共有してくれ……」
「すまない……」
結局先程署名した報告書は破棄され、ギルドマスターとマルクと共に新しい報告書を確認した。カズマの襲撃の件も含めて追記し、新たな報告書に署名した頃には日が暮れていた。
暗くなった繁華街の通りを、相変わらず満員の酒場の明かりが照らす。長い一日が終わり、ようやく一休み出来そうだ。
――今日の夕飯はタスク・ボアのシチューと店主が言っていたな……
パティオ・ヴェルデに戻りご馳走にありつくのを楽しみにしながら歩いていると、自然と歩く速度が速くなる。繁華街を抜け、大通りに辿り着く少し前。誰もいないはずなのに、急に声が聞こえてきた。
「僕と契約して、魔法戦士になってよ!」