――なぜそこで黙ってしまうんだ。
「……内容の分からない契約を結ぶつもりはない」
「私を使って、あなたの夢を叶えて欲しいの」
「夢……?」
「そう、夢」
――怪しい宗教の勧誘みたいなことを言い出したな……
「それだけか……?」
「神器にとっては、主人の願いを叶えるのが存在理由なんだよ?」
「……カズマの夢は、叶ったのか?」
「あいつはもう、夢を叶えられなくなっちゃったから……さっき負けたから鞍替えしただろって言ってたけど違うの。あいつとの契約が解除になっただけ」
――夢を叶えられなくなった……?
「……カズマの契約不履行という事か?」
「うん」
「それで、契約不履行の賠償は受けたのか?」
「寿命をいっぱい貰ったよ?」
「そうか、契約は他の奴に持ちかけてくれ。達者でな」
――夢を叶えられなかったら殺されるとか冗談じゃない……
「違うの! 夢を叶えるために全力を尽くしてたなら普通貰わないよ! あいつは私に嘘付いてたし、やってる事が最悪だったから――」
「俺は命を狙われているし、呪われてる可能性が高い。厄介事はもう間に合ってるんだ、他を当たってくれ」
「それなら尚更契約した方がいいよ! 私の力があれば百人力だよ!」
「あの鎧の事か?」
より一層輝きを増しながら、怪しい光がこちらに近寄ってくる。
「外骨格って呼んで欲しいな! どんな攻撃を受けても平気だったでしょ?」
「鎧はな」
――鎧の中のカズマは、あの後ちらっと聞いたが蹴られた衝撃で内臓がいかれていたらしい。
「それは、使い手側の問題で……」
「ラス……お前の目的はなんだ」
「だから、契約を――」
「どうして俺に拘るんだ?」
関りを持ちたくないので名前を呼ぶのを避けていたが、埒が明かない。不毛な会話を終えるために、嫌々ながらラスと向き合う事にした。
「え……?」
「神器として主人の夢を叶えるのがお前の存在する理由なら、お前の力を求める主人と契約すればいいだけの話だ。ラスも、俺が怪しんでいる理由を本当は理解してるのになぜはぐらかそうとするんだ? 俺と契約したい理由が分からない限り、俺はお前を信用できないしするつもりもない」
噴水のせせらぎしか聞こえない静まり返った公園の中で、ラスの返答を待つ。考え込んでいたのか、胸元辺りまで落ちていた高度を一気に俺の目線まで合わせ、ラスが再び近づいてきた。
「あのね、本当は契約じゃないの」
「……どういうことだ?」
「主人の夢を叶えたいのは本当だけど、契約を結ぶって言い方は前の前のご主人様に言われてやり始めただけで……前のご主人様も、前の前のご主人様も、ちょっと特別な事情のある人達だったんだけど――」
――転生者か転移者だろうな……
「私は彼らの力になるために、彼らがこの世界に来たのと同時に授けられたの。交わされたのは魂の誓い。この世界で夢に向かって全力で生きる事を条件に、力を貸す約束をしたの」
――契約には、変わりないような……?
「前の前のご主人様は、凄く良い人だった。良く分からない契約の台詞を教えてくれたり、時々『転生チート最高だぜ』とか『変身ベルトの相棒、しかも女の子! 萌える!』とか『変身! って叫ばないと外骨格を出しちゃだめ!』って言ったり、おかしな人だったけど……」
――確実に、異世界から来ているな……
「それでもね? 本当に、本当に素敵な人だったの。生涯を……命を掛けて、みんなの英雄になるって夢を叶えたの」
――英雄って、まさか……
「でも、前のご主人様……カズマは違った。最高の冒険者になるって私と約束したのに……信じてもらえないかもしれないけど、私はあなたを攻撃したくなかったしカズマを止めようとしたの。止められなくて、ごめんなさい」
「いや……」
――なんとなく、本当の事を言ってそうだが……気にしなくても良いとも言えないな……
「カズマはもう、最高の冒険者にはなれない。魂の誓いを裏切られたから、彼の元を離れたけど……寿命を貰っちゃったのはわざとじゃないの。そういう決まりとしか、説明できないけど」
「……なんとなく事情は分かったが、肝心の俺に拘る理由はなんなんだ?」
「あなたを主人と認めたから」
――何を……?
「同意していないし魂の誓い? とやらもしてないが」
「契約してほしいってお願いしたのは、事後承諾になっちゃうけどあなたに認めてもらいたかっただけ。でも、もう決めたの」
「普通に、断るが――」
「ごめんなさい! これからよろしくおねがいします! 私を使いたいときは変身って叫んでね!」
「なっ!?」
ラスが高速で胸元に突っ込んできたかと思うと、音もなく体の中に吸い込まれていった。
――理由は結局何だったんだ……
全身を確認するが、今の所体に異常はない。安心したのもつかの間、加護や異能以外にも転生者にまつわる能力がある事に、頭を抱えてしまう。
――異能の対策だけでも満足に出来るのか分からないのに、これ以上は勘弁してくれ……