「っぐ!!」
自己治癒を全力で掛けながら、メドウ・トロルが拳を上げて次の攻撃に移ろうとした瞬間地面を転がりながら死に物狂いでその場から離れた。その直後、何かの衝撃で地面が再び揺れ始めたが無視して地面を這いながらとにかく距離を取る。
痛みで眩む視界の中振り向くと、メドウ・トロルが同じ場所を攻撃し続けているのが見える。怒りで我を忘れているのか、獲物が逃げた事にはまだ気づいていないらしい。
使い物にならなくなった右腕を庇いながら、何とか立ち上がる。先ほど立っていた場所を見ると、地面に小さな穴が二つ出来ていた。
「えーあれで死なないの?」
「証拠が残ると面倒だから、あんま手ぇ出すなって」
「あれぐらい埋めちゃえば気づかれないよ」
――このままじゃ、死ぬな……
「まぁ、こっちも暇じゃねぇし気持ちは分かるけどよ」
「僕らの事を馬鹿にして調子に乗ってる冒険者を殺すの楽しいし」
「確かにな! この前、俺らに気づいて命乞いしてた奴も傑作だったな!」
「嵌められたのにすら気づかないなんて、本当に馬鹿だよね」
――こんな奴らに、殺されるのか……?
ようやく我に返ったのか、獲物がいない事に気づいたメドウ・トロルが一瞬呆けた顔をしてから周囲を見回しこちらを見つけた。逃げられたことに気づき、その顔が再び憤怒に染まっていく。
「ぐちゃぐちゃにされたら、装備は売りもんにならねぇかもな」
「メドウ・トロルに攻撃されて原形を留めてるし、大丈夫じゃない?」
「そうだな、それに壊れててもあれだけ固けりゃ鍛冶屋が素材を欲しがるか」
――ふざけるなよ……
姿勢を低くしながら攻撃の体勢を取るメドウ・トロルを見据えながら、鎧を体の一部だと意識しながら呪いを込めた魔力を全身に巡らせる。
――どうせ上手く行かなかったら死ぬんだ、一か八かやってみるか……
メドウ・トロルが走り出したのを無視し、濡れた布に水が浸透していくように、鎧に魔力が流れ込むのを想像しながら魔力を練り続ける。
――……ラスが俺の魂と同化してるなら、この鎧も俺の一部のはずだ……
走った勢いを乗せたメドウトロルの拳が頭上に振り下ろされる。
――こんな所で死ねないんだよ!!
鎧から放たれた水球がメドウ・トロルの拳と激突し、血飛沫を上げながらメドウ・トロルの拳が破裂した。
「ッァアアアアア!!??」
何が起こったのか分からず、後ずさりしながら消失した右手を見て叫び続けるメドウ・トロルの顔目掛けて水球を放つ。拳同様に、血飛沫と共に頭部が崩壊するのと同時にメドウ・トロルの死体が膝から崩れ落ちる。
「「え……?」」
状況を理解できていない死体剥ぎの二人に向けて水魔法を放つ。球状の水の檻に捕らわれた男達は、口から大量の泡を吐き出し呼吸をしようと必死に藻掻き始めた。そのまま水の檻を窪地の中心まで移動させて、魔法を解除する。
大量の水と一緒に地面に放り出された男達が、びしょ濡れの状態で這いつくばりながら飲み込んだであろう水を嘔吐し始めた。
「っぶ! オエッ!!」
「ガホッ、ガッ、オエ!!!」
苦しむ男達を見下ろしながら、右腕を確認する。まだいつも通り動かせないが、自己治癒のおかげで痛みは大分引いているし指を動かせる事に安心する。
「っ、てっめ、なにしやがる!」
先に息を整えた死体剥ぎの男が、四つん這いのままこちらに突っかかって来たので再び水の檻の中に捉える。水の中で呼吸が出来ずに藻掻く仲間を見ながら、もう一人の死体剥ぎが震えながら体を丸めた。
――水の流れを操作して出られないように出来るのは確認できたが、溺死させるだけじゃもったいないな。
深く暗い深海の底を想像しながら、水の檻の中心に全ての水が集まり圧縮されるように水を操作する。
水の檻に捕らわれた男の姿が、急に水中に現れた血の霧に遮られる。圧縮する操作を止めると、水の檻全体が血に染まった。魔法を解除した瞬間、血に汚れた水と男の肉片やボロボロになった衣類が地面の上に勢いよく流されて行く。
「っ!?」
仲間の死骸に塗れた死体剥ぎが、声にならない悲鳴を上げた。
「おい」
「は、はい!!!」
声を掛けられた死体剥ぎが、全面降伏を伝えるためか地面に頭を擦りつけながら上擦った声で返事する。
「お前らは死体剥ぎだな?」
「そ、そ……うです」
「冒険者を攻撃した場合、盗賊同様その場で殺す事が認められているのは理解しているよな?」
「ちが! 違います!! 攻撃してま――」
「土魔法で足場を弄ったのは、お前だろう」
「……!? ごめんなさい!! あれはちが――」
「何がどう違うんだ? さっき他の冒険者も嵌めてたって話してただろう」
「なんで聞こえ―― すみません! 絶対にもうしません!! これからはまっとうに――」
――そういえば、かなり距離があったがなんで聞こえたんだろうな?
死体剥ぎの命乞いはどうでもよかったので、つい思考が反れてしまった。死体剥ぎに意識を戻すと、まだ何やら話している様だった。
「――から、だからどうか命だけは――」
「助けを求めた冒険者の命乞いを、傑作だったと馬鹿にしてたくせに良く口が回るな」
「っ!? 本当に、ごめんなさい……!!
「……お前らは、どこで盗品を売っているんだ?」
「そ……それは……」
「言わなかったらあいつと同じ目に合わせるぞ?」
「お願いします!!! それだけは勘弁して下さい!!」
がばっと頭を上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でこちらを見上げながら死体剥ぎが懇願し始めた。
「素直に答えてくれれば、あいつと同じ目には合わせないと約束する」
「と、盗品は全部、は……繁華街にあるバレスタ商会に卸してました!!」