「君はなんでこんな短期間に、こうも問題に巻き込まれるんだ?」
「俺に言われても困る……」
憲兵の詰所を後にして、伸びをしながらマルクと二人して大きなため息を吐く。
新しい冒険者証を受け取った後、死体剥ぎと遭遇した事とバレスタ商会が盗品の買取を行っている可能性がある証拠を手に入れたことについてマルクに説明した。
『また、一人でメドウ・トロルを倒してたのか……』
銀級に昇級した事に対して渋っていた手前、メドウ・トロルについて説明した時のマルクの視線が痛かった。事情を把握したマルクは、事が事なのでギルドを代表して憲兵に報告するのに付き添ってくれた。
対応してくれた詰所の兵士に死体剥ぎから奪った紙を渡した直後、血相を変えた兵士に詰所の待合室まで案内された。そこで数時間待つはめになり、ようやく現れた憲兵隊長に事情を聴取され詰め所を去った頃には空はすっかり暗くなっていた。
「憲兵隊長も言っていたし改めて言うまでもないと思うが、この件は憲兵隊預かりになるからくれぐれも内密にな」
「言いふらすほど知り合いは多くないから、心配しないでくれ」
南門近くの詰め所から、大通りに沿ってマルクと二人で街の中心に向かって歩いていく。
「イムランとは仲が良いみたいだが……確かに他の冒険者と話しているのはあまり見かけた事が無いな。仲間を見つけて、パーティーを組むつもりはないのか?」
「俺の状況が特殊なのは理解しているだろう? 他人を巻き込むわけにはいかない……」
「冒険者は訳ありの者も多いからその辺の理解は得やすいし、仲間になったら他人じゃないぞ?」
「……仲間なら、尚更迷惑を掛けられないだろう」
小さく息を吐きながら、マルクが首を振る。
「難儀な奴だな」
その後は無言で大通りを進み、繁華街に向かう脇道に差し掛かった所でマルクと一緒に道を曲がる。
「宿に帰らないのか……? 今日はもう遅いから、ギルドに用があるなら明日でも良いと思うが」
「……落ち着いて聞いて欲しいんだが、後を付けられている。追手は二人で、憲兵でもなさそうだ」
一切歩く速度を落とさず、自然体のままマルクが歩きながら質問してくる。
「……どこから付けられていた?」
「分からない、気づいたのはついさっきだ」
日も暮れて人通りが少なくなっていたとは言え大きな街の大通りだ。魔力感知擬きを発動していたが、挙動のおかしい追跡者に気付けたのは運が良かったとしか言いようがない。
「……君が倒した死体剥ぎの仲間達が、彼らが帰ってこない事を怪しんで詰所を張ってたのかもしれないな」
「いくらなんでも、勘付くのが早すぎないか?」
「一人捕まったら、芋づる式に一斉検挙される危険があるからな。そこら辺の嗅覚は、犯罪の連中の方が冒険者より鋭いぞ」
得意げに話すマルクに、当然の疑問をぶつける。
「随分と詳しいな?」
「詰所から帰る途中に襲われたり、脅されたりするのはギルド職員には良くある事だからな。おのずと犯罪者にも詳しくなる」
――事も無げに言っているが、頻繁にそんな事が起こるなら大問題じゃないか……?
「……それなら憲兵が帰り道を護送するなり、ギルド側で護衛を連れてきた方が良いんじゃないか?」
「何を言っている、銀級冒険者を連れていれば護衛には十分だろう」
「あのな……俺が気づかずあのまま別れていたらどうするつもりだったんだ? マルクは戦えるのか?」
「俺はウェルド・ラビット相手に苦戦する自信がある」
マルクが自信満々に自分が戦力外であると告白したことに、軽く頭痛がする。
「まぁ、幾らなんでも街の中で襲う程馬鹿ではないと思いたいが……襲われたらなんとかなりそうか?」
「なりふり構わない戦い方をするなら、問題ないと思う」
マルクの問いに正直に答える。何故だか分からないが、マルクが顔を引きつらせた。
「……襲われたら憲兵に報告する必要も出るだろうし、可能な限り手加減してくれ」
「……? 善処する……」
繁華街の端に差し掛かったあたりで、追手の二人組の片方が迂回しながら先回りしたことが魔力感知擬きで分かった。そのままバレスタ商会の方へと向かって行く。
「追手の片割れが、先回りしてバレスタ商会に向かった」
「であれば死体剥ぎの仲間ではなく、あの紙を渡した死体剥ぎ達を監視していたバレスタ商会の者かもな」
「考察も良いが、どうする?」
着実にバレスタ商会に近づいている事に、焦りが募る。
「声を掛けられたら、私に任せてくれ。やばそうだと思ったら、合図を出すから制圧を頼む」
「マルクを守りながら、多勢に無勢で手加減出来る自信が無いんだが……」
「俺も流石に死にたくない。俺が制圧してくれと言ったら、殺す気で戦ってもらって構わない」
そんな会話を交わしていると、丁度到達したバレスタ商会の酒場で酒盛りをしていた客達がぞろぞろと通りに出てきた。集団の奥で、魔力感知擬きの霧に覆われた追跡者が立っているのが分かる。
「そこの兄ちゃん達、ちょいと面を貸してくれねぇか?」
「すまない。一杯飲みたいのは山々なんだが、予定があってな」
こちらに声を掛けた髭面の男を無視して進もうとしたマルクの前に、他の酒場の客達が立ちはだかり無理やり歩みを止められる。
「そんなつれねぇ事言わねぇでくれよ、奢るから少し話そうぜ」
「断る」
マルクの毅然とした態度に、男が苛立ちを隠せず威圧しながら迫ってくる。
「物分かりが悪ぃ奴らだな。死にたくなかったら大人しく言う事を聞け!」
「デミトリ、制圧してくれ!」
――なんでそんなに自信満々なんだ……
総勢二十名で道を塞ぐ酒場の客達に背を向けながら、マルクが腰に手を付けて胸を張りながらこちらに合図を出して来る。身体強化を掛けながらマルクの横に立ち、最終確認をする。
「一応、正当防衛が成立するように殴られておいた方がいいか?」
「死にたくなかったら指示に従えと言っていたのは、言質が取れている。十分正当防衛が成立するから気にせず戦ってくれ」
――本当に大丈夫なのか……?
「……分かった」
男達が武器を抜いたので収納鞄からヴィセンテの剣を取り出し、殺気立った酒場の客達に最終通告をする。
「出来れば、このまま通してほしいんだが……」
「下手に出てりゃ調子に乗りやがって!! 野郎共、聞きてぇことがあるから死なねぇ程度にブチ殺せ!!」
――聞きたいことがあるなら、殺したらダメだろう……