国王の言葉に臣下たちは困惑する。
それもそうだろう。伊奈野が今まで話してきた限り骸さんはかなり長い間国王には接触してこなかったようであるし、連絡を取り合うこともなかったのだと思われる。
そんな存在から突然連絡が来れば、何事かと思うはずだ。
ただ、
「内容は後で確認するが……其方には感謝してもしきれんな。この度は兄上との縁を作ってくれたこと、まことに感謝する」
「へ、陛下!?」
国王は困惑もあるが、何よりも長い間連絡をしていなかった兄と再びつながりを持てたことが嬉しいようだ。
臣下の眼がある中、素直にその頭を下げている。
(あぁ~。国のトップの頭は重いってよく言うよね。なんかお手紙配達のはずが面倒くさいことになってる)
国王へのお手紙配達など面倒なことにならないことはあり得ないのだが、伊奈野は心の中のどこかですんなり終わればいいという気持ちがあったのだ。だが、当然それは上手くいかなかったわけだ。
となれば、
「あっ。感謝してくれるなら、私が渡したのはあんまり言いふらさないでください。目立つと勉強できなくなるかもしれないので」
「う、うむ?」
伊奈野は国王の感謝の言葉を使い、要求を行なう。自分のことはあまり口外するなよ、と。
もし変なプレイヤーに情報が行ってしまえば、自分が探されて勉強どころではなくなってしまう恐れもあるのだ。
不思議そうにはされているがとりあえず頷かせたので、
「じゃあ、そういうことでお願いしますね。私はこれで帰ります」
伊奈野は腕輪の転移を使い、王城から消える。
行ってしまえばこの城の中でログアウトしても良かったのだが、なんとなく人が多くて落ち着かなかったから図書館へと戻ったのだ。
だが、おかげで言い忘れていたことを思い出す。
「……あっ!そうだ、言い忘れてました!」
「「「「っ!?」」」」
伊奈野はそのことを伝えるため、また王城内部へと転移。
驚愕したような表情と視線が一斉に伊奈野へと集まる。
ただ、伊奈野はそんなものは一切気にせず、
「手紙のお返事を私経由で渡したいとか、何か私がやることがある場合は魔女さん経由でお願いしますね。じゃあ、今度こそ失礼します」
言いたいことだけ言って転移しログアウトしていった。
自分のログに、
《『国王の恩人』を獲得しました》
というものが流れていることに気づくことすらなく。
「……………騎士団長」
「はい」
「城内での転移は、不可能なのではなかったか?」
「そのはず、です」
国王と騎士さんの視線は、伊奈野が消えて再度現れた場所に向けられていた。城内では転移魔法など使用できなくなっているはずなのだが、なぜか伊奈野は転移して外に出た後もう1度転移して戻ってきたのだ。
いったいどんな魔法を教えたんだ、と一部の視線が魔女さんに集まるが、
「いや、あの転移は大商人なのであったか?」
「ああ。そうだねぇ。私が渡した腕輪での転移だとは思うよ」
国王は店主さんへ視線を向ける。
全く伊奈野は気づいていなかったが、一応伊奈野の推薦人ということで来ていたのだ。
そんな店主さんは、伊奈野へ転移の力を与えた張本人である。どれだけ凄い腕輪なのかと他の者達も店主さんへ困惑と非難の混じったような視線を向ける。
だが、
「私の渡した腕輪にそんなたいした効果はないよ。範囲が限定されるとはいえ、転移できる能力というだけでも相当なんだから」
「なぅ!渡したものには大した効果がないだと?では、あれはあの賢者の師匠が自身の力で突破したというのか!?」
店主さんの渡した腕輪は、あくまでも街の中で転移できる程度の能力しかない。
となると伊奈野しか原因はないわけで、
「お前たちは弟子なのだろう?何か知らないのか?」
「いや、そこに関してはさっぱり」
「私たちは弟子ですけど、学んでるのはあくまでも学術的なことですからね。スキルや能力のことはほとんど知りません」
誰にも伊奈野が転移できた理由が分からない。
転移対策の諸々を全て無視できた理由が。
『無視』
それは、伊奈野の持つ存在を気づかれていないようなスキル。
効果は、対象から攻撃を受けない限り無視し続けることができる、というもの。
ではこの無視できる対象というのがどの程度拡大解釈できるのかといえば、転移する際に妨害してくる様々なものを全て無視できるくらい、である。
本来はここまでの効果があるスキルではないはずなのだが、伊奈野が普段から使用し様々な存在感のある連中を無視し続けているため異様なほどにスキルレベルが上昇し、ここまでの効果を出すほどに成長してしまったのである。
「とりあえず、防衛体制を見直しておくように」
「かしこまりました」
どの程度効果があるのかは不明だが、転移関係の対策はより強化されることになるのだった。
それに併せて転移対策以外にも、様々な部分で見直しが行われるのだが、
『……………』
誰1人としてその様子をフワフワと空中に浮かんで観察し記録する、黒い本には気づくことがなかった。
黒い本の厚みはさらに増している。