「いろいろやったのは無駄だったということですか……………」
『まあ、そうだな』
「何回もコインを投げたり自由落下し続けたり叫んだりしてたのは間違いだったんですね」
『まあ、そうなるな』
完全に無駄というわけではなくそれにより特殊なスキルなどは獲得しているのだが、そんなことは当然知らない伊奈野。というか、スキルなど獲得してもほとんど関係ないと思っているので結局無駄なことをしていただけである。
コインを投げ続けて５５回連続で表を出したのも、ダンジョンの空のフィールドで自由落下を５分間続けたのも、崖の上で大声を上げて遠くまで声を響かせようとしたのも非常に無駄なことだったのだ。
どんよりとした様子で落ち込む伊奈野。
流石に骸さんもその様子に同情したのか、
『転職するためにシナリオの進展が必要。ならば、シナリオを進展させれば良いではないか』
「進展、ですか？具体的に言うと？」
『その条件を其方は分かっていなかったのか？何かシナリオ関係のことを調べたりは？』
「してませんけど………あっ。でも、誰かが私に負けたとかいった時にシナリオが進展したとかいうメッセージが出てきた気がします」
伊奈野の脳裏によみがえるのは、午前中にいつもの図書館のメンツやコレクターさんが負けを認めると出てきたメッセージ。
上位者がどうこうと書かれていて、その後にシナリオが進展したといったようなことが書いてあったような気がした。
『ふむ。であれば余が負けを認めたのも正しかったのであろうな。となると他のものにも勝利する必要があるのだが………』
骸さんは視線を移す。その先にあるのは、ダンジョン内の様子を映し出したモニター。
先日も見たようにモンスターがじわじわと１人ずつ削っていき、侵入者を消耗させている。
ただ、
『どうだ？今の者を殺したことでシナリオは進展したか？』
「……………おそらく、していないと思います」
伊奈野の前には何もメッセージが現れない。
つまりそれは、シナリオというものが進展していないということだと分かる。
その言葉で驚くこともなく骸さんはさらに考えだし、
『であれば、やはり勝つ相手は一定以上の存在でなければならないということか？それとも、１対１で戦わないといけないということか？』
「ああ。どちらもありえそうです……………」
骸さんの予想はどちらもあり得ると伊奈野も思えた。
魔女さん達が一般のＮＰＣでないことは何となく理解しているので一定以上の存在でなければならない可能性も理解できるし、ダンジョンで無理なので１人で戦わなければならないという可能性も理解できる。
「どちらも可能性がありますけど、１対１になると私の場合かなり難しそうですね」
『ふむ。まあそうだろうな。あまり戦闘をしてはいないのだろう？』
「そうですね。まったくないというほどではないですけど、戦ったのなんて２回くらいです。その戦いもまともだったかと言われると………」
伊奈野にはまともに戦って相手に勝てるとは思えない。
一応チュートリアル用、というか初心者用のモンスターなら倒せるような気もするが、
（それで勝ったことになるのかな？あんまりそんな気はしないけど……）
覇者というたいそうな名前と過去の逸話から考えれば、雑魚を大量にキルすればいいというものではないように思える。
「前途多難です………」
『難しい話だな…………』
伊奈野も骸さんも頭を悩ませるが、なかなかいいアイディアは思いつかない。
ということで一旦切り替えて、
「まず戦うなら、今の自分がどれくらいできないか把握しないといけませんよね！」
『それもそうだな。では、このダンジョンの１階層にいるモンスターをアンデットにしてあるからそれと戦ってみるか？』
「１階層のモンスター………さすがにそんなに強いってことはないですよね？」
『うむ。まあさすがに初心者用とは言えないが、かなりこのダンジョンの中では弱い方であるとは思うぞ。強者と戦うなら簡単に勝てなければならないだろう』
「………分かりました。じゃあ、やってみます」
伊奈野はダンジョンの中で転移を行なう。
向かう先は、闘技場。そこには普段ダンジョンで待ち構えているモンスターたちが姿を消していて、代わりに１体の、
「な、なんか強そうなんですけど？」
『そうか？他に比べれば断然弱いのだがな』
「えぇ？いや、でも、凄い強そうですよ？」
伊奈野達の視線の先にいるのは、ゴブリンと呼ばれるモンスターだと思われる何かのゾンビ。
なのだが、伊奈野のイメージするゴブリンとは違って、
「装備がしっかりしてますね」
『そうだな』
「背筋がピンとしてますね」
『そうだな』
「明らかに歩き方が奇麗で知性を感じます』
『そうだな』
「……………だけどあれが１番弱いんですか？」
『うむ』
明らかに強そうな雰囲気を醸し出している。まったくもって雑魚には見えない相手だった。
伊奈野は嫌な予感しかしないと思いつつ、ゴブリンの前へと進み出る。というか、骸さんから無理矢理押し出される。
そしてそのまま、
『では、はじめ！！』
「急すぎませんか！？」
『そうだな。だがそんなことを言っている間に敵は迫っているぞ！！』
「え？あっ！本当だ！？マズいマズいマズいマズい！……………もうこうなったら、本の角アタ～ック☆」
とりあえずもうどうしようもないと理解した伊奈野は、せめて攻撃をしようと本の角アタックを繰り出す。
黒い本を持った状態で繰り出されたそれは、ゴブリンだと思われるモンスターのゾンビの頭部を消し飛ばした。
「……………え？」
必殺って今回はいってないですね………
