もしかして今って春休みシーズンなのか………?
慌ててロリコン疑惑を晴らそうとする司書さん。
その口から語られるのは、
「ほら。数日前に話したじゃないですか。邪神の使徒から数人引き抜いてきた、と。この子はその中の1人なんです」
「邪神の使徒ぉ?」
ええー?ほんとにござるかぁ?とばかりに疑いの視線を向ける伊奈野。
だがその答えは司書さんからではなく、
「ん。使徒、やめた」
少女から肯定の言葉が告げられる。
本当に邪神の使徒をやめてきたようである。
「あっ。本当なんだ」
「ん。楽しくなかった」
「楽しくなかった?邪神の使徒が楽しくなかったの?」
「ん。血、でない」
「血ねぇ……………え?血?」
伊奈野は楽しくなかったと言われる理由に困惑する。
だがさらに続いて行われる説明で、
「血と悲鳴、欲しかった」
「血と悲鳴?………あっ。もしかして、ストレス発散したかったとかいう」
「ん。そう。それでストレス発散したかった」
司書さんに、そっちの世界では殺人鬼を育てる教育でもしているのかということを問われたことを思い出した。
そのときに聞いたのは、未成年のプレイヤーが血を求めて邪神の使徒ということになっていたこと。どうやらこの少女のことだったようである。
「『エフェクト変更』が邪魔」
「あぁ~。血を求めてるんだったらそうなのかもね」
伊奈野は苦笑しつつ同意する。
未成年は強制的に『エフェクト変更』のスキルが付与されて表現が規制されマイルドになるため、スプラッターなものを目撃することはできないだろう。
「ん?じゃあ、司書さんがそのスキルを外してグロテスクなものを見せようとしてるとか?」
「いえ。違います。私もそんなに教育に悪いことはしませんよ。というか、そこまでの権限はありませんから」
その望みを聞けば伊奈野はそれくらいしか引き抜いてこれた理由が予想できなかったが、司書さんからはっきりと否定される。
となると、どうして少女がわざわざ邪神の使徒をやめてこちらへ来たのかは分からない。
「何を目的に?」
ということで伊奈野は素直に質問してみる。
どういった目的でこの場所へやってきたのか。そして、どうして司書の誘いに乗ったのか。
その答えは非常に簡潔でありそして、
「寝たいから」
「あぁ~。なるほど。寝たいから……………え?寝たいから?」
「そう。こっちなら、長く寝れると思って」
「……………なる、ほど?」
斜め上の回答過ぎて、伊奈野には理解しがたい物だった。
なぜわざわざゲーム機を使ってまで寝ようとするのか。時間が増えるとはいえそれはあくまでも思考の加速によるものである。睡眠など思考を加速させられても実際の時間が増えないので、睡眠に対して求められる効果を増加させられるとは到底思えなかった。
そして、スプラッターなどのストレス発散要素とは何も関係がない。
(私が言えたことじゃないとは思うけど、ゲームに何を求めてるの?)
伊奈野は具体的にどんなメリットがあるのかと一応は考えつつ、その独特な考え方に若干感心する。
それを知ってか知らずか少女はぽつぽつと語り始め、
「私、塾に行ってて、寝れてない。だから、寝たい」
「ああ。塾ね。そんなに遅くまで行ってるの?」
「ん。10時まで。中学受験をしろって、親が」
「あぁ~。なるほどね」
中学受験という単語が出ていることから考えて、おそらく少女は小学6年生。小学生を対象にした塾が10時までやっているのかどうかというのは疑問に思うが、塾通いで睡眠時間が削れるというのは理解できる。
しかもそれが自分の意志ではなく親の意向によるものとなれば、
(ストレス多いだろうし、それなら過激な発散方法に頼るのも仕方ないことなのかな。それができないうえで睡眠時間も確保できないってなると、寝たいと思うのも当然と言えば当然か~)
「そんなにここで寝るのと現実で寝るのって違う?」
「分かんない。やってないから」
「ああ。まあ、そっか。そうだよね」
それが本当に効果のあることなのかは分からない。だが、ただ寝たという満足感を得るためであれば、思考加速されるこの世界の中で寝るのも悪くないようにも思えた。
(起きて5時間経過したっていうのが分かったら、満足感はあるもんねぇ……………というか、睡眠の効果で言えば確か長期記憶の定着があったよね。もしかして私も睡眠とった方が良いのかな?)
睡眠中に脳が記憶の処理を行なってくれる。だからこそ今まで現実で睡眠を疎かにしたことはない。
だが、もしそれを加速してゲームが行なってくれるのであれば、
「……………私も、寝てみようかな」
「ん。本当?」
「本当。まあ、あとでだけど」
「そっか……………仲間」
「え?ああ。うん。なかま、だね?」
とりあえず伊奈野も、ゲームの中で寝るということを試すこととする。
少女のテンションやノリは理解できないが、なんとなく喜んでいるように感じられた。
その後実際にまずはゲーム内で眠れるのかという根本的な部分の実験が行われて、
「……………くぅ」
「あっ。本当に寝ましたね」
「本当ですね。一応毛布でもかけておきましょうか」
少女は寝た。
司書さんはそんな彼女をかいがいしく世話している。
(司書さん子供好きなのかな?……………でも、思考される中リラックスして寝るって不思議な気分だなぁ~)
その後伊奈野もゲームの中で寝るという新しい体験をして、新たな扉を開けることとなるのであった。
《スキル『睡眠1』を獲得しました》