魔女さんの職場へと入った伊奈野。
ただ、入った直後に何かをさせられるということもなく、ただ誰に求められることもなく入り口から入って個室のようなところまで魔女さんに連れられて行った。
「………何もせずにここまで来れちゃいましたけど、セキュリティとか大丈夫なんですか？」
『ああ。大丈夫ですよ。ここは特定の魔力の波長を発していないと警告が鳴るように設定してあるので』
「なるほど？」
魔力に波長という概念が出てきて伊奈野は頭を抱えそうになるが、深く考えないことでそれを回避する。
それよりも、
「じゃあもう勉強して良いってことですよね？」
『はい。大丈夫です。私も後から行きますので、それまでは部屋の中で好きにしていただければ。ただ、部屋の外に出たりすることはないようにお願いします』
「分かりました。じゃあ『みんなで１つに』を解除して………マターちゃん。部屋から出なければ好きにしてていいって」
「ん。寝てる」
「はいはい。おやすみ～」
「おやすみ」
伊奈野は魔女さんを体に戻した後、マターに寝る前の挨拶を済ませて自身は勉強を始める。
これまで、マターから魔女さんが頭の中で呼びかけてきて会話をしている時に凄い変なものを見る目で見られていたことには気づかないまま。
伊奈野のいる部屋には机やいす、さらにはベッドまであり、２人にとって都合のいい空間となっている。
ただそれは研究者たちがこもって研究をするための部屋であるため、決して２人のために作られたからというわけではない。
偶然が重なっただけだが、
（良い部屋ですねぇ）
伊奈野的には好感度が高かった。研究用の少し材質が特殊で水平が意識されたテーブルに本を広げ、伊奈野は勉強を進めていく。
数十分後。
「………ん～」
「あっ。師匠、休憩ですか？」
「ああ。はい。魔女さん来てたんですね。そうです休憩です」
いつの間にか部屋に魔女さんがやってきていた。
顔を上げてみるとすでにマターも起きているようで、伊奈野の方をじっと見つめていた。
「えぇと。この後は職場見学ですか？」
「はい。職場見学……………ですね。私がそう言うと少し不思議な感覚ですけど、職場見学になります」
この休憩時間を使い、伊奈野達はこの魔女さんが働いているという職場を見て回ることになる。とりあえず魔女さんにおすすめのところへ連れて行ってもらうことになるのだが、
「……………なぜまた私の中に？」
『い、いやぁ～。少し私が一緒に行くと警戒されてしまいかねませんので。やはり部下たちには自由に好きなことを話してもらいたいですからね。ええ』
明らかに裏しか感じられない魔女さんの言葉に伊奈野は若干目が細くなるが、首を振ってそれを収める。
それからマターの手を引いて、魔女さんの案内に従いながら職場見学を始めた。
研究者たちも研究途中を見られてもただ邪魔にしか感じないだろうと伊奈野は考えていたのだが、どうやらそんなこともないようで、
「見てくれたまえこの液体を！」
「おぉ～綺麗ですね」
「ん。綺麗」
「そうだろう？ただもちろん見た目もいいのだが、それよりも大事なのはこの液体には高純度の魔力が込められていることだ！これは特殊な素材と特殊な製法を使用していてな……………」
研究者たちは自身の研究の成果を自慢げに話してくる。
伊奈野達がそれをほめておだててやれば饒舌になって、おそらく隠すべきなのであろう大事な部分まで話してしまうものなどもちらほら。
これを伊奈野の中で聞いていた魔女さんは、
『あとで再教育が必要そうですね』
（お気の毒に）
魔女さんの優しさが感じられない言葉を受け、伊奈野は心の中で口を滑らせてしまった研究者たちに手を合わせる。
それから、時間もそろそろだと考えて伊奈野が勉強をしに戻ろうかなどと考えたところで、
「あ～そこの君たち。これに触ってみてはくれないか？」
「ん？私たちですか？」
「ん？」
どこからかやってきた研究者が、大切そうに持っている何かの結晶のようなものを伊奈野の前に差し出してきた。
伊奈野とマターは首をかしげるが、
「いや。少し計測がしたくてね。いろいろな人に触れてもらってるんだ。頼めないかい？」
あまり詳しい内容は語られない、
（この説明少なく必要なことだけ言ってくる感じ、研究者っぽいな～。完全に偏見だけどね）
伊奈野はそんなことを考えつつマターとアイコンタクトを取り、
「私やる」
「はい。お願いします」
マターが好奇心旺盛な様子で目を輝かせていたので、伊奈野は興味もなかったためおとなしく譲った。
分厚そうな手袋をした研究者が持つその結晶にマターが触れた瞬間、
「フハハハハッ！！！！これで私の研究は完成だあぁぁぁぁぁ！！！！！」
突然研究者がトチ狂ったかのように叫びだす。
それに眉をひそめた伊奈野とマターだったが、すぐにその表情は驚愕へと変化し、
「っ！？」
「な、なんか出てきた！？」
伊奈野達の目の前に、見たことのない存在が姿を現す。
それは先ほどまで研究者が持っていた結晶を大きくしたようなもので、
「人型をしてるね。確実にさっきマターちゃんが触った影響で出てきたんだろうけど……………マターちゃん大丈夫？怪我とかしてない？」
「ん。だいじょぶ……………けど、ＭＰ０」
「ＭＰ０？それって今の一瞬で全部なくなったってこと？」
「ん」
伊奈野の確認に、マターは人型をした結晶の何かから視線を外さずに頷く。
そうして視線を外さず警戒していたことは間違いではなかったようで、結晶のようなそれは突然周囲に向けて、欠片を飛ばしだした。
「危なっ！？『魔力障壁』！！」
伊奈野は急いで自分とマターの前に魔力障壁を生み出して飛んでくる結晶から身を守る。
それからどうにかしてこの状況を抜け出すなり片づけるなりしなければと考えたところで、
『師匠。すみませんご迷惑をおかけして。ですが、おかげで目的のものを片づけられそうです』
「あぁ～魔女さんの目的、これだったんですか」
