研究者が結晶から生み出した恐らくモンスターだと思われる何か。
それを目の前にして魔女さんは目的の達成を告げてくる。
「じゃあこれからどうすればいいんですか？魔女さんを体に戻すとか？」
『いえ。それには及びません』
魔女さんの精神をいったん体の方に戻して、助けに駆けつけてもらうのが１番かと伊奈野は考えた。
しかし、その必要はないと魔女さんが首を振る。
わざわざ魔女さんは自分の体を使わなくとも、
『師匠の体を借りるので』
「え？そういう感じですか？」
伊奈野は自分の体で片づけをさせられるのかと若干暗い雰囲気になるが、おとなしく魔女さんに体の動きをゆだねる。その頭の中では、
（魔女さんが駆けつけてくる時間を考えると、私が体を貸した方が早くなるからそっちの方が良いよね。勉強時間ができるだけ長くなるようにしておかないと）
などと言うことを考えている。やはり何よりも優先すべきは、勉強時間なのだ。
「……………ん～。先ほどの方ですか？そんなところにいると危ないですよぉ？」
妙に間延びした、あまり心配しているようには感じられない研究者の声がかけられた。研究者は結晶による攻撃の被害を受けていないようである。
（味方だと識別されるような何かを持ってるのかな？それとも特定の行動があるとか？）
伊奈野は研究者が攻撃を受けていない理由を考えるが、体の方がそういう細かいことは一切無視した動きをする。まるで結晶程度に味方と認識をされる必要性など全くないと言わんばかりに。
「『ライトニングランス』『アイスフィールド』」
「なっ！？な、何ですかそれは！？なぜそこまでの魔術をあなたのような存在が！」
伊奈野の口が勝手に動き、いくつか魔法が発動される。
研究者は伊奈野から感じる魔力に驚愕しているが、そんなことは無視して魔法が次々に結晶へと着弾していく。
本来は相当な強さのはずであるのだが、あまりにも次元が違い過ぎる精度の魔法を受けてあえなく結晶は砕け散っていった。
「うぅ。欲しかった」
そうして砕けていく結晶を見ながら悔しそうな声を上げるのがマター。
死霊術師である彼女は、あの結晶も死亡した後に何かしらに使えるのではないかと考えたのだ。しかし残念ながら今の彼女はすべてのＭＰがなくなっており、配下など作れない。
とりあえず今は、ＭＰ回復のためにも不貞寝をするしかないのであった。
ただ、
「この戦闘中に寝た！？」
結晶の破片が飛び散り魔法がいくつも炸裂していく中寝るのは相当危機感がないように見えて伊奈野からは本気で心配されるのだが。
そんなことはありつつも魔女さんが使う魔法で順調に結晶の数は減っていき、
「なぜだ！なぜこの天才的な発明が、お前みたいなぽっと出に潰されなければならない！！」
余裕を失った研究者が吠えた。
周囲に被害は出ているし迷惑でしかないが、人が触れただけで起動して周囲にかなりの被害を出すこの結晶を生み出したのには少なくない努力がうかがえる。それを今まで見たこともない小娘に圧倒的な才能を感じさせるような魔法でつぶされてしまえば、怒りを感じるのも当然である。
それにどれだけの熱量を注ぎ時間を使ってきたのかは分からないが、強ければ強いほど、長ければ長いほどそれをいとも簡単に打ち崩されてしまえば心は耐えられなくなるものだ。
だが、
「……そこで怒るならあなたは二流ね。本当にその研究に自信と希望を持っているなら、まだまだ伸びしろがあると喜ぶところじゃない」
伊奈野は、というかその中にいる魔女さんはそれをバッサリと切り捨てる。
研究における失敗や停滞など何度も彼女は見てきたのだ。たかが数年分の努力があっさりと砕け散ったとしても、そんなものは日常の風景でしかない。
そこで問題点を見つけて次につなげられると考えるのではなく怒るというのは、魔女さんには愚かにしか見えなかった。
「………うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい！私は天才なんだ！こんなところで終わるわけにはいかないんだよぉぉぉ！！！」
叫ぶ研究者。その目はいつの間にか、暴れていた結晶が入り込んだかのような見た目へと変わっていた。
その様子に伊奈野の口は勝手に息を飲んだ後、小さなため息とともに、
「そう。そこまでしてるのなら仕方ないわね。消えなさい」
魔女さんが研究者の息の根を止める。
大量の風の刃が体を切り裂き、周囲の結晶も含めてすべてを破壊し活動を強制的に止めさせた。
残ったものは、干からびたようなシワの多い研究者の死体と小さな結晶の欠片だけ。
「次はもうすこしまともな研究をしなさい」
死体を見ながらそう呟く魔女さんは、どこか寂しげな雰囲気をかもし出していた。
（え？何？急にシリアス過ぎない？今までにないくらい１番シリアスな雰囲気になってるんだけど？）
そんな中、事態が呑み込めていない伊奈野は困惑。
ここで魔女さんや暴走した研究者のことをもう少し理解していれば話に入り込めたのかもしれないが、あまり詳しくない部分でシリアスな雰囲気を出されても困るというものだ。
しかも、魔女さんの横ではマターが眠っているためシリアスさが低下している。
（このゲームのシナリオよく分かんないな～）
もしかすると戦闘システムや技術的な部分はすごいがシナリオは割とひどい類のゲームなのかもしれないと伊奈野は考えつつ、いい加減勉強がしたくなったので魔女さんを強制的に体に戻して自分は個室へ踵を返す。
「……………」
そんな状況の中、誰も見ていない状況で突然空間に裂け目のようなものが現れ、死体の近くに落ちていた結晶が裂け目へと吸い込まれていった。
本当に好きな作品のシリアスな話は引き込まれますけど、適当に読んでる作品がシリアスな感じだと飛ばして読んじゃってよく分からなくなりますｗこれって作者だけなのでしょうか？
いつか作者もシリアスな話をうまく書けるようになりたいですね……
