攻撃の機会をうかがう伊奈野。
ただその機会はすぐに訪れるということはないようで、
「おやおやぁ。鬼のいぬ間に何かしようって魂胆かい天使さん達ぃ~」
「む。呪術師か。別に英雄がいない間に何か悪事を働こうというわけではないぞ?」
「だとしてもだよぉ。英雄以外なら君たちが何か要求をするときに簡単にやり込めるとでも考えてたんじゃないのか~い?」
「そのつもりは本当にないのだがな……………」
天使の前に現れる、1人の人。声から何となく男性であることは分かるが、体の凹凸が見えにくい独特な格好と大きな帽子とサングラスなどでその顔は良く見えず、男声の女性ということも考える。
もちろん性別というものはそこまで重要な要素ではないが、結局どういう見た目の人なのかもわからないというわけだ。
(呪術師って言われてたよね。「キッショ なんで分かるんだよ」とか「人の心とかないんか?」ってw言ったりするのかな?)
もしそうだった場合色々なところから訴えられるか、もしくはコラボキャラでありそうなことを考えながら、観察を続ける。
「此度は、謝罪をしに来たのと例のものを殺害したという御仁に挨拶をしに来ただけだ。交渉は正式な場でするから、本当に何もするつもりはないぞ」
「ふぅん?でも、謝罪は兎も角としてあれは天罰なんだろ~?殺した人なんていないんじゃないのか~い?」
「む?天罰?……………ふむ。そうか。それならば確かに無理であろうな。では今回の用件は、謝罪とちょっとした見学だ。人の営みというものも少し観察させてもらうとしよう」
「へぇ?かまわないけど、変なことはしないように頼むよ~?」
「無論だ」
目的の1つを取り下げ、代わりに観光をすることにしたらしい。
だが、それよりも伊奈野が気になったのは、
「え?天罰?」
そう。天罰である。
他に天使が出たという話は聞いたことがないし間違いなく例のものを殺したというのは伊奈野で間違いないのだが、なぜかそれが天罰で殺されたことになっているらしい。
「私が目立つのを嫌がると思って、誰かがそういう風に言ってくれたのかな?魔女さんとか国王ともつながりがあるみたいだったし、やってくれててもおかしくはないと思うけど……………」
そこまで言って、自身の手を見る。そこにはがっちりと握られている魔導銃が。
魔導銃から出た光線はとてつもなく目立つものであった。ということは間違いなく認識されているはずである。それをごまかしているということは、
「これ使ったら全部神罰扱いされるってこと?」
そういうことである。
絶対に厄介ごとが起きる気がしてならなかった。
「うかつに使えないじゃん……………」
伊奈野は頭を押さえる。今回何かあった場合に何度も使っていくつもりだったいうのに、もしそうした場合には神罰に見えたものを使っているという風に認識されてしまうわけだ。目立つし、何か面倒なことに巻き込まれるのは間違いない。
「ここがなくなるよりはマシ?いやでも……………」
伊奈野の中で損得の天秤が高速で振れる。110年くらい前の絵に描かれたどっちの女の子にするか悩んでるおじさんかと思うほどの振れ具合だ。
だが、それだけ迷っても、
「……………うん。なんかとりあえず話まとまったみたいだし今回は大丈夫でしょ。またあとで考えればいいね!」
思考は放棄された。伊奈野は考えることをやめたのである。
とりあえず今回は使わなくても良さそうなので、今ここで結論を出さずとも問題はないように思われた。
「勉強しよ。勉強。いつまでも休憩してるわけにもいかないからね。うん」
言い訳のようにそんなことを口にしつつ、伊奈野は机へと向かう。勉強へと集中しだせば当然、魔導銃のことなどすっかり頭からは消え去っていくのであった。
そんな彼女は気づいていないが、
「して、呪術師よ」
「ん~?なんかあったのか~い?」
「そこの建物は何だ?」
「そこ?そこは図書館だと思うけど~」
「図書館。そうか、図書館か……………中に入っても?」
「どうだろうねぇ。ちょっと受付に聞いてくるよ~………あっ。当然だけど許可が出ても、そのままで入らないようにねぇ?」
「もちろんだ。そのあたりはわきまえている。すでに歩いている同胞たちは小さくなっているからな」
「なら良いよ~」
天使が、図書館に近づいていた。そしてその巨大な目線が向かう先は、図書館の中でも特定の人間しか使用することができない個室が多くある箇所。
そして天使にとっては小さな窓には、全くそれに気づくことなく何かを一心不乱に書き留める恐怖すら感じさせるような存在がいた。
「……………あれ、か」
「あれ?何か探し物でもあるのか~い?」
「いや。そういうわけではないが、あの区画に入ることはできるか?」
「さぁ?どうだろうねぇ。そこまで図書館には詳しくないからわからないな~」
「そうか」
天使はごまかすが、当然呪術師はそのごまかしで納得するような性格はしていない。
その視線の先にあった、そしてさらに入りたがるその区画に何かがいる、もしくはあることは間違いないと確信させられた。
「図書館……………今度司書にでも話をしてみようかね~」
呪術師はそう小さくつぶやきつつ、図書館の職員へと許可を取りに行く。
当然ながら、
「もうしわけありません。あの区画は会員の方限定の空間でして。特にご興味を示されたお部屋は賢者様の借りられているお部屋の周辺ですので……………」
「そうか。それならば仕方がないな。しかし、賢者か……」
「ふぅん?賢者ねぇ?」
天使も呪術師も表情を変化させる。
お互い何を知っているかは隠すが、賢者と言えば英雄の1人。今はイベントの関係でいないが、その関係の何かがあることは間違いなさそうだった。
そんな何やら不穏な雰囲気に図書館がなっているとはつゆ知らず、伊奈野はと言えば、
《称号『人形劇の鑑賞者』を獲得しました》
「そっか。物質量が変化するから溶解度がこうで……………」
流れるログに気づくこともないまま熱心に勉強を続けていた。
その頭には、その近くにいる強大な存在との接触など全く想定されていなかった。