本日2話目
クリスマスが近づき、世間はイルミネーションや置物などで夜でさえも色づき始めていた。
しかし、そんな中でも浮かれずに淡々と努力を続けなければならないのが、受験生という存在である。クリスマスイヴや当日に何か出し物などがあるのではないかと思われるステージなどが街中に現れていることは知りつつも、それに気づかないフリをしながら過ごす伊奈野は、
「え?最近、私みたいな人が多い、ですか?」
「はい。そうなんです。許可証を持っているので住人との仲を深めて入ってきていますし以前のように問題は起こしていませんが、少し気になりまして」
どうやら同じようにゲーム内で勉強をする者達がいるらしく、仲間がいることに励まされていた。もちろん顔を見たりその人たちと言葉を交わしたわけではないので全員が全員受験生であるかどうかは分からないが、それでも数人いるなら誰か1人は間違いなく受験生だと思われる。
世間の雰囲気に流されそうな心がないわけではなかったが、そんな者達がいるのなら伊奈野もここで怠けているわけにはいかない。
「よぉし!負けてられません!私も頑張ります!そんな人も知れたことですし、今日は勉強日和ですね!!」
「は、はぁ。そうですか。読み友がやる気になる要素になったのならよかったです」
負けてられないとばかりに勉強を再開する伊奈野。そんな伊奈野を見ながら、情報提供をした司書さんは見ていた人たちが伊奈野ほど集中できていないことは口が裂けても言えないと思うのだった。
スキルもない状態で集中し魔女さんの名誉を若干傷つけられるほどの鬼を纏えるような伊奈野がおかしいのだ。比べられる方がかわいそうなのである。
そんな司書さんの気づかいはあったものの、残念ながら次の休憩時間は同じ受験生がいるかもしれない彼らの話となるわけで、
「弟子入りする人とかいないんですか?私に魔女さんとかうるさい人が弟子入りしてみた感じで。あっ、あと、屈辱さんみたいに下僕になる人とか」
伊奈野が最初に考えたのは、学者たちが受験生たちの勉強の様子を見て弟子入りするのではないのかということ。
実際伊奈野はそれにより弟子が3人いて下僕が1人いて読み友が1人いるため、あり得る話のように思えた。
しかし、
「いえ。残念ながらそういった話はないですね。皆さん読み友が作った教科書だけで満足しているようです」
「えぇ?なんでですか?私の作った教科書なんて、所詮基礎部分とか私が分かりにくかったりする部分をまとめたりしただけなので、分からないところも多いと思うんですけど。そういうところをその人たちに聞いてみたら解決すると思いますし」
純粋にそこは疑問である。
伊奈野が作った教科書だって抜けはあるし、魔女さん達から質問を受けることも多々ある。というか、そういったことがないのであればわざわざ魔女さん達が自身の下へ通う必要性はないと伊奈野は考えるわけだ。
当然それは魔女さん達だけでなく同じように教科書だけを読んで学んだ他のNPCたちもそうだと思われるのだが、
「理解力の、というか理解度の問題ですね」
「理解度、ですか?誰の?」
「勉強をしている方々のです。皆さんいわゆる読み友が言う基礎部分を理解しているのではなく丸ごと覚えていらっしゃるという傾向が強いようでして。証明のしようがなければ覚えるのも抵抗がありますし、ただ覚えるだけなら読み友の教科書で良いですから。劣化版でしかないわけです」
「あぁ~。なるほど。それは仕方ないと言えば仕方ないですね……………」
理解しているのではなく、解き方をただ暗記しているだけ。公式やその公式の活用の仕方を覚えているだけなのである。
しかし、伊奈野はそれが理解できたし悪いとは思わなかった。数学など一部では理解していないと暗記だけでは解けない問題が出てきてしまうようには思うが、目指す大学や問題選択でそういった種類のものを選ばなければいいだけの話でもある。
「そういうことですか~。でも、私と違って物理の専攻だったり地学とか地理とかを学んでる人もいると思うので、聞いておくのは良いと思いますよ。私はあんまり勉強してないですし」
「物理に地学に地理……………読み友は学ばれていないんですか?」
「まあ選択式なので私は選ばなかったというだけの話ですよ」
理解度が低いとは言っても、確実に伊奈野が教えられないような知識は持っているはずだ。特に、伊奈野が学んでいない学問であれば間違いなく良い知識を持っているだろう。
NPCたち、特に魔女さん達などを見ていると学びへの意欲が異常とまでに言えるほどに高いため、ここで逃させてしまうのはもったいないとも感じる。
「そうですか……………では少し、今度聞いてみますね」
「ええ。ぜひそうしてください。教え方が上手いかは分かりませんけど、きっと司書さん達の知らないことを教えてくれるとは思いますよ」
伊奈野の言葉で完全に納得し理解したわけではなさそうだが、司書さんは話しかけてみることを決めた。そして実際後日話をしてみたようで、
「いやぁ~。面白いことを色々と皆さん知っていらっしゃって楽しいですね」
「ああ。本当ですか?それならよかったです」
「はい。読み友に言われた通りにしてみて正解でしたよ……………あっ。そうそう。それで、きっかけを作ってくれたお礼ということでその方々から色々と受け取っているのですが」
「え?そうなんですか?」
話しかけたらしい司書さんは、なぜかその人たちから大量のアイテム類をもらってきていた。しかもそれらはすべて伊奈野宛となっている。
(何?司書さんに惚れちゃったりしたのかな?まあ確かに顔は良いし、惚れたとすれば出会いを作った私に感謝するのも分かる?)
理由などよく分からない部分はあるが、とりあえず適当に想像して伊奈野はそれらを受け取る。しかし、見ず知らずの人たちから受け取ったままというのも気分が悪い物があり、
「じゃあこれ、皆さんにお返しだってことで渡してもらえませんか?さすがにもらってばかりなのも申し訳ないですし」
「は、はぁ。気にしなくてもいいと思いますけど………分かりました。別に問題はないでしょうし渡しておきますね」
伊奈野がお返しに取り出したもの。
それは、またもいつの間にか増えていたクリスマスイベント用のチケットである。これであまり気にし過ぎないでいいだろうと考え伊奈野は自分の中でこの件を完結させつつ、
《称号『同族を惑わせて』を獲得しました》
《称号『盤外の勝負』を獲得しました》
新しく流れるログには気づくことなどなかった。
せっかく頑張り始めた受験生たちをクリスマスのイベントに誘う鬼畜