本日2話目
「私、少しだけ賢者のお姉様の師匠のことを見直しましたわ」
「そうなの?すごい嫌いっぽかったけど、急にどうしたの?」
「どうやら、賢者のお姉様の師匠も私たちと同じくクリぼっちらしいんですのよ。仲間らしいんですわ。しかも、ただ仲間なだけではなく他のクリぼっちを支援するようなことまでして………そのクリぼっちの心、見直しましたわ」
「あっ。ふ~ん。そうなんだ。というか、別に私たちってクリぼっちではないと思うんだけど?ただ恋人がいないってだけじゃん」
「……………まあ、そうとも言いますわね!」
朝、いつものように瑠季と共に登校していると、彼女から普段は絶対に聞かないであろう台詞を聞くことができた。
何かに付けて瑠季が敵視したりライバル視したりしている賢者の師匠というプレイヤーを、認めるようなことを言い始めたのだ。伊奈野としては瑠季からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったため、自分の考えを打ち壊したクリぼっちの偉大さを感じるのであった。
やはりクリぼっち同士のつながりと、リア充に向ける恨みによる協力関係は強力なものだということを理解できた。
「瑠季ちゃんを変えられるなら、ダンジョンに来る人達だって……………」
「ん?お嬢様何かおっしゃいまして?」
「あっ、ううん。何でもない。それより、クリスマスのイベントはどう?何をやるのかというのをちょっと聞いただけで詳しい事とかあんまり聞けてないから、どうなってるのか知らないんだよねぇ」
「ああ、もちろん構いませんわ!とはいっても、そうですわねぇ~。朝はログインできないので体験したわけではありませんし、あんまり私も分からないのですけど……………」
伊奈野が考えるのは、ダンジョンのこと。飾りなどを使ってリア充と非リアの間に亀裂を入れて分断を狙う策を講じたのだが、瑠季にここまでの影響をクリぼっちの結束がもたらすということなのであればダンジョンに来るプレイヤーたちにもやはり狙い通りの効果を出せるのではないかと思うわけだ。
ただダンジョンマスターであることを瑠季にも伝えていないので適当にごまかしつつ、イベントの様子などを聞いて行くことになるのだが。
「イベントで言えば面白い物がありまして」
「面白い物?普通のクリスマスっぽいイベント以外にも何かやってるの?」
「いや、クリスマスらしいと言えばクリスマスらしいのですが、実は司書というNPCがいるのですがそれや一部の英雄にトナカイのコスプレをさせて人の乗ったソリを引かせるというかなり頭のおかしいイベントがありまして」
「あぁ~……………ソ、ソンナノアルンダー。シラナカッタナー(棒)」
伊奈野は考えないようにしたものを瑠季から思い出させられてしまう。
面白いという感情よりもかわいそうという同情の方が先に出てきてしまうが、瑠季としては楽しめるイベントのようなのであまり深くは言わずに適当な相槌を返した。
こんなことをしながら、伊奈野と瑠季は学校への道を進んでいく。
ゲームの会話をしてお互いを強く意識することにより、周囲のいちゃつくカップルや華やかな街の様子に目を奪われて苛立ちを憶えることにならないようにしながら。
「まあでも、クリスマスも全部が全部悪いわけじゃないんだけどね~」
「それはそうですわね。楽しいものではありますわ。家族とイベント事で楽しく過ごす時間は大切ですもの」
「そう、だね……………あと、独身の場合は兎も角として結婚してる先生たちはクリスマスのこと考えててあんまり口うるさくないし」
「う、うぅん?まあ、悪い事ではない?ですわね」
瑠季から出る家族との時間という言葉で一瞬伊奈野は返事に困るが、少し話をそらしてごまかす。
瑠季もそのごまかしに気づきはしたが、それに乗っかって話を進めていった。その胸の中で、数年までは過ごすことができていた家族との時間を思い出しかみしめながら。
「ちょうどあの家庭科の先生の授業があるし丁度いいね」
「ですわね。あの人自分のやり方と合わないことするとすぐに怒りますし。クリスマスで穏やかになるのならラッキーですわ~」
クリスマスの悪い面よりもいい面を見ようと2人で心の切り替えを行ないつつ、クリスマスの学校という少し特殊なイベントを感じながら過ごしていくのであった。
とはいってもクリスマスであるからと言って学校の雰囲気が少し浮ついているだけで何か学校主催のイベントが行われるといったこともなく、いつも通り授業はあって時間は過ぎていき、いつも通りの時間に帰った伊奈野は普段通りの時間にゲームにログインすることになり、
「さぁて。ダンジョンも人が少なくなってるかな……………ん?」
いつものようにダンジョンのあるサーバに入ろうとして。予想外のものを目撃しその動きを止める。
確かに伊奈野も、クリスマスで人が少なくなるということは理解していた。
多くのものがリアルを十分に楽しんで今日はゲームにあまり時間をかけないということを。
しかしそれでも、
「日本鯖、ログインできるんだ!?」
まさか日本サーバにログインできるほど人が少なくなっているとは思っていなかった。
いつものような混雑を日本サーバが見せていないのである。
驚きはするが、悪いということでもないので伊奈野は珍しくこの時間帯に入れる日本サーバへと入っていき、
「あれ?師匠。おはようございます?」
「ああ。こんばんは」
「あっ。今日はこんばんはなんですね!?師匠のこんばんはなんてすごい珍しいじゃないですか」
普段は朝伊奈野が会う魔女さん達と会う。
魔女さん達、とはいっても司書さんや屈辱さんの姿はそこにはない。
「いやぁ~。丁度今司書がソリを頑張って引いて走ってるところなんですよ。研究狂いはその受付みたいなことをしていまして」
「あぁ。そうなんですね……………」
本当にやっているのだということを魔女さんから告げられる。どうせなら冗談であってほしかったというのが伊奈野の正直な気持ちだ。
後で何か渡しても問題なさそうな現代文の文章でも渡そうと決める伊奈野であった。
それはそれとして、
「いやぁ~師匠の下さったチケット大好評でしたよ。もう2日目のプレゼント配るときなんて人が殺到して。おかげであんなにあったチケットももうそろそろなくなりそうです」
「おぉ~。結構な人に配れたってことですよね?それならよかったです」
「もう中には師匠をあがめるような人まで出てきて対処が大変だったんですよぉ~」
「え?何ですかそれ?怖っ」
伊奈野はチケットの効果でかなりプレイヤーたちから感謝されている。
それこそ、
《称号『称えられる者』を獲得しました》
《称号『クリスマスの希望の星』を獲得しました》
称号を獲得するくらいには。
しかし、そんなことはつゆ知らず伊奈野は、
「崇めるのはともかくとして、そんなに喜んでもらえるならよかったですよ~。じゃあこれ、追加の分です」
「あっ。はい。配ってきますね」
追加のチケットを魔女さんへと手渡し、さらなる恩を売っていくことになるのだった。
伊奈野がリア充撲滅隊のリーダーに勝手にされるのも時間の問題かもしれない。