「それじゃあ行くわよ。周りに迷惑をかけないこと、そしてここで攻撃を仕掛けるといった行為は禁止よ」
「「「「はいお姉様！！」」」」
「え、えぇ……………」
自称妹たちの熱気により伊奈野はちょっと、いや、かなり気圧されつつプレゼント配布が行なわれる枠内へと入る。
一瞬魔女さんの目線が伊奈野の方に来た気がしたが、気のせいだと思われる。というか、気のせいということにしたかった。こういう厄介なファンたちは推しの目線の動きすら完全にとらえていて何を見ているのか把握できたりするのだ。そして、その少しの差異も見逃すことはない。
「ん？今あっちの方に？」
「いや、あっちの方を向いたわよ！お姉様！こっちにも目線をください！！」
「こっち！こっち向いてくださ～い！！」
実際自称妹たちの中の数名は視線の変化に気づいたようだが、すぐに魔女さんが似たような視線の変化を作ったことでごまかすことができたようだ。
伊奈野はほっと胸をなでおろしつつ、居心地の悪さを感じ早く帰りたいと考えた。
魔女さんもそんな伊奈野の気持ちを汲み取ったのかどうかは分からないが、さっそくプレゼントの配布を始めて、
「あっ。まず最初は投げる前に私の師匠からのプレゼントよ。チケット、しっかり感謝して受け取りなさい！」
「「「「はい！ありがとうございます師匠！！！」」」」
「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉ！！！！！」」」」
「全員に配れるチケットを集めていられるなんて。格が違うぜ……………」
「よし！しっかり感謝したわね？じゃあ始めて行くわよ！ほら、受け取りなさい！」
「「「「わああああぁぁぁぁぁ！！！！！！！！」」」」
魔女さんが籠というよりももっと大きな、コンテナのようなところからプレゼントを取り出してきては投げていく。
いくつものプレゼントがとび、それを皆手を上げてキャッチしようと、
「よいしょぉぉぉ！！！！」（ぴょんっ）
「あれは俺がもらうぞぉぉぉぉ！！！！！」（ぴょいっ）
「あれは私のよ！誰にも渡さないわぁぁぁぁ！！！！！」（ぴょ～ん）
するだけでなく、多くのプレイヤーたちがジャンプをして空中を飛ぶプレゼントをキャッチしようと動き出す。
それはまるで、配られる札束に群がる生きぎたない者達のようで、
「ケイオスじゃん」
伊奈野には近づく気さえ起きなかった。そんな者達に目を付けられたら何をされるか分かったものではない。怖すぎるのだ。
ただ、理由はどうであれ伊奈野が近づかないのは決して間違った判断ではない。
魔女さんは伊奈野を誘う時にも言ったが、伊奈野を早くプレゼント配りから抜け出させることができるのだ。プレゼントを配る方向は魔女さんが決められるのだから、バレない程度に伊奈野がいない方にプレゼントを投げる回数を増やしていれば、だんだんとその方向で邪魔する人たちはいなくなり、
「あっ。孤立しちゃった」
伊奈野の周りにいたいわゆるガチ勢は消滅し、伊奈野の周囲に少し空間ができた。
後はそこに魔女さんがプレゼントを投げればいくら素早いプレイヤーたちがそこに群がりはするものの、
「よし、キャッチ！」
伊奈野が余裕をもって受け取ることができる。
ただ、伊奈野が受け取ったものは非常に小さいプレゼント。大きい武器や鎧などが入っているのではないかと思えるような伊奈野の腕以上の大きさはありそうなプレゼント達はすべて優先的に狙われて取られてしまったのだ。
とはいっても、伊奈野にとって格好を変えられる防具は兎も角として武器などの類は全く必要のない物である。何が入っているのかは分からないが、その小さなプレゼントでちょうどよかったのだ。
「ありがとうございます。魔女さん」
運営が企画したイベントであって魔女さんからのプレゼントというわけではないが、投げて渡してくれた魔女さんへ小さく感謝の言葉を述べてプレゼント受け取った伊奈野は消えていく。
イベントの関係上プレゼントを受け取ったものは自動的に範囲の外側へと移動させられるため、伊奈野はそのまま戻されると同時に転移で図書館へと戻っていく。
「ああ。師匠、おかえりなさい。お疲れ様です」
「アハハッ。ただいま戻りました。別に疲れるようなことはしてないですし、お疲れさまと言われるような感じではないんですけどね。ただちょっと、魔女さんの自称妹たちには圧倒されました。まさか魔女さんがあそこまで人気があるとは思ってなかったです。私もお姉様って呼んだ方がいんでしょうか？」
「はははっ。それは彼女が頭を押さえて転げまわって発狂する未来が見えるのでやめてあげた方がよろしいかと」
「そうですか？それはそれで面白そうですけど、まあやめておきましょう」
伊奈野の顔には、大したことをしたわけでもないというのに少しばかりの疲労が浮かんでいる。
それほどまでに自称妹たちの衝撃は大きかったのである。普段無自覚に威圧され尊厳を破壊されて現実に戻されている妹たちも少しばかりの復讐ができたわけだ。
まあだからと言って、全く復讐の内容と普段やられる内容は釣り合っているわけではないのだが。
「うるさい人は今日はもうお仕事ないんですか？」
「いえ。この後ビンゴの方に私は少し参加しまして、その後パレードにも参加する予定になっております。綺麗ですのでよろしければパレードご覧になってください」
「パレードですか？まあ、時間があったら見てみますね」
ゆったりとくつろいでいるのでうるさい人はもう仕事もないのかと思ったのだが、どうやらそんなこともないらしい。
ビンゴ大会だけではなく、朝は聞いていなかったがパレードもあるというのだ。
「……………勉強したら、プレゼント開封してみましょうか」
「おお。それは良いですね。気になりますし私も見させてもらいましょう」
「ふふふっ。おそらくうるさい人にとってはそこまで価値が感じられるものじゃないと思いますけどね。このプレゼント１つにそこまでお金はかけていられないでしょうし」
伊奈野は海外サーバで宗教勧誘少女とうるさい人が活動していた小屋のことを思い出して苦笑する。
あの小屋にはいくつもの財宝というか、宗教的価値があるのだろう宝物がいくつも置かれていた。それと比べてしまえば、このプレゼント配布でもらえるものなど河原の石と大差ないだろう。
「そんなことはありませんよ。大事なのは価値ではなく思いですから」
「思い？思いって言っても、あれ別に私のプレゼントを魔女さんが選んだわけじゃないですよね？」
「ふふふっ。さて、どうでしょう？」
「……………えぇ？気になる言い方ですね。とはいっても、さすがにそれはないと思うんですけど」
