『繰り返し』なとどいうスキルを手に入れて作業速度が格段に上昇した。だがそれでも、伊奈野の死んだ魚のような眼は消えない。
それがなぜなのかと言えば、
「倦怠感が一瞬来てすぐに回復するって……………凄い変な気持ちです」
「まあ、話を聞く限り凄い変ですよね」
『余もダンジョンマスターの回復能力に関してはあまり知らぬからな。何とも言えぬ。だが、話を聞く限り慣れぬうちは相当辛いであろうな』
伊奈野の『繰り返し』のスキル。それは『連射』の上位互換のようなものとなっていた。連続して出ていく数も、そして次が出てくるまでの早さも、両方完全に『連射』を超えている。
ただしかし、そこに欠点がないわけでもないのだ。
今までと比べ、数も早さも上がっているなら伊奈野の魔法陣に対して使うMPの量は相対的に大きくなる。
いくら伊奈野が膨大なMPを持っていると言えど、問題がなかったのはペースは今までの1つ1つ『設置』していったときの話。
現在のように高速で大量に『設置』を行なっていれば、さすがに伊奈野の魔力消費量も大きくなる。
しかもそれに加えて、
『供物がな』
「そうですねぇ。捧げものを変えればもう少しよくなるのかもしれませんけど……………でもそれじゃあ作業効率落ちますし』
供物、つまり捧げものの問題があった。
この味を向上させる魔法に関してはそこまで必要な供物の質が高くなく、それこそ少し多めの魔力で代用できるくらいなのだ。だからこそ速度を求めた伊奈野達は、魔力を込めてしまっているのである。
高速で大量に使われる魔法と、そこに次々と込められていく供物としての魔力。さすがにそれの合計は、伊奈野のMPを空にしてしまうほどなのである。
MPが0になると体が全体的に重くなる仕様がある。そのため伊奈野が体にだるさを感じてしまうのも仕方のない事。
なのだが、それだけではなく伊奈野の場合、
「なんで回復しているのやら……………」
『そこがやはり謎ではあるな』
「そうですね。一体何をやったらそんな簡単にMPがMAX近くまで回復するのやら」
その疲労感が一瞬でとれるのだ。なぜかMPが瞬時に回復して。
以前ボスを相手に『龍落とし』の練習をしていてHPが減った時も似たようなことは起きていたが、減ったらその後すぐに回復してしまうのである。
なぜこんなことになってしまっているのかは非常に謎だ。
ただ、謎だとしても嫌なことは間違いない。
疲労感が来ては一瞬で回復するというのには、何か自分の身体がおかしくなってしまったのではないかと思うような大きな違和感がある。伊奈野にはそれが受け入れがたいのだ。
感覚が気持ち悪すぎて、死んだ魚のような眼をしてしまうくらいには。
「何故かはわかりませんけど魔法陣の捧げものに必要なMPの最低限度は分かりますし、できうる限りMPの消費量は最小限にしてるんですけどねぇ。それでも0にはなりませんし……………」
『うぅむ。だからと言ってMPが100増える程度のアイテム類では解決できぬだろう。その程度の量ではないはずだからな』
「となると、消費量を割合で減らせるようなものが欲しいということになりますか?もしくはその体のだるさを解消できるようなスキルを取るとか」
残念ながら伊奈野の問題はそう簡単に解決できるものではない。
多少MPを増やしたりする手はあるのだが、そんなものであれば伊奈野のMPの総量から見れば雀の涙。焼け石に水である。
「この感覚が嫌なだけですし後に何かが残るわけではないですけど、それでも解決できるなら解決したいですね」
『うむ。気持ちはわかる』
「自分も分かりますけど……………だからと言って何ができるかと言われてもといったところですが」
「ですよねぇ。とりあえず色々とスキルのレベルとかは上がってるんでしょうけど、それが良い具合になるのが早いか大半の人が飽きるのが早いかって感じじゃないですか……………」
現在の状況を見る限り、まだまだスキルのレベルは足りないように思われる。
となるとこのままスキルレベルを上げにあげてどうにか耐えられるようになったころには、多くの人がすでにお菓子を食べに来なくなっているのではないかとすら思える。
「結局お金が増えるだけでたいしてこのお菓子を売り続けるメリットもないですし……………ん~。厳しいですね」
『であるな』
「そうですねぇ。お金なんていくらあったって、意味はないんですけど……………ん?いやでも、ちょっと待ってください」
「何ですか炎さん。何か思いつきました?もしかしてこの私の無駄に大量にあるお金を使って、1Gを10Gで買い取りますとかいう意味の分からない商売をすればそっちに人が行ってお菓子を食べる人が少なくなるとか思ったんですか?」
「何ですかそれ!?全く考えませんでしたけど……………そういうものの方が良かったんですか?」
悩んでいると、どうやら炎さんが何か案を思いついたらしい。
炎さんがヒントを得た部分から伊奈野が予想を立ててかなりぶっ飛んだことを言い出すが、もちろん炎さんが考えたのはそんなことではない。
「確かこのダンジョンに来ている大半の人は、この世界の人とは仲が悪いんですよね?」
「え?……………ああ。そういえばそうですね。すっかり忘れてましたけど、この世界ってあの人たちが基本的に支配してるんでしたっけ。それなら確かに仲は悪いですね」
炎さんに言われて、伊奈野は久々に思い出す。
長らく見ていなかった、かなり思想強めのうるさい人や宗教勧誘少女などを迫害しどこかへ追いやった狂信者たちを。
確かにこのサーバの基本的なプレイヤーやNPCたちは他宗教の信者であるこのダンジョンへ来ているようなプレイヤーたちとは仲が良くないはずで、
「仲が悪いということは、当然このダンジョンで獲得したものって売れませんよね?」
「はい。そうですね。恐らく売却する機構はないかと」
「であれば、わざわざ別の世界に行って売却してお金を得るわけではないですか。しかしそれ、面倒ではないですか?」
「…………なるほど?」
炎さんが言いたいことは、このダンジョンの攻略している人たちはわざわざ金を得るために元の世界、つまり自分たちが元々いるサーバへと帰るのは面倒なのではないかということだ。
もちろんそれは伊奈野も理解できるし、さらに言えば伊奈野はよりプレイヤー側の事情を理解していて、
「というかそれ、基本的に別の世界に持って帰れないはずですよ」
「そうなんですか?……………なら、やれる可能性はありますね」