伊奈野の走りは止まらない。もう自分で転移する前から走っているほどである。
転移前に走ったところでその分の距離は転移するときに無駄になるのだからあまり意味はないというのに。
ただ、そんなことをしていたとはいえ実際そこまでやる気を見せていれば気づいていないが新しいスキルを獲得したことによる補正などもあり、
「おっ。もう少しで着きそう」
そんなところまで届いていた。
もう少し頑張れば見えていた建物へ届きそうな距離である。
「でもこれだけで終わらせてくれるかな？もうちょっと対策立てられてる気もするんだけど……………」
それでも油断はできない。こういった対策を１つで終わらせられるとは思わないのだ。
それこそ伊奈野のように少し時間はかかるが突破しそうなものもいることだし、他にも何かあるということは考えられる。
このままのペースだと相手が転移させてくる人だけなら良いのだが、別のことがあった場合少しログアウトまでの時間では足りない。
「そろそろ慣れてきたし、もうちょっとちゃんと対策立てていくしかないってことかぁ」
ということで伊奈野はここで１つ新しいステップへと進む。
今までは転移で強制送還されてまた転移で戻ってはして戻されてということを繰り返していたが、ここのロスをできるだけ少なくするのである。
まだ転移をこんなに何度も移動しながら連続使用することはなかったため慣れていないこともあり使っていなかったが、
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「おっと、来たからちょっと逃げる！」
いかにしてこの強制送還を避けるか。伊奈野はそれを考えていた。
そこで思いついたのが、強制送還を転移で回避するというものだ。若干だが後ろに転移することで、強制送還の範囲から離れる。そして、そこから『魔力障壁』で足場を作り現れた人の頭上を越えるようにして走っていくのだ。
普通に戻されてまた転移してくるのとそこまで差がないのではないかと思うかもしれないが、強制送還の時に若干ラグなのかはよく分からないが停まっている時間があるのだ。
これがなくなっただけでも、建物につくまでに数十秒分の時間が稼げるのではないかと思われた。
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「おっと。回避～」
最初の頃は何度かタイミングに失敗して強制送還されることもあったが、慣れれば簡単に避けて越えていくことが可能となっている。
ここまでくるとだんだんとその走る速さも最初と比べて速くなっているように本人も感じていて、
「なんか走る速さが上がる系統のスキルでも手に入れたのかな？効果を確認するべきか、それともこのままのペースで行くべきか……………」
新しいスキルなどを手に入れているのは間違いないだろうが、それを確認するべきなのかは迷うところである。
間違いなくそれを見ていれば時間のロスが出るし、そのロスをスキルでなくせるのかは分からないのである。強いスキルであれば逆に時間が短くなったりするかもしれないが、そんなスキルを手に入れられているかどうかは分からない。
今のペースでもギリギリにはなるかもしれないが建物につきそうな伊奈野が確認する必要があるのかは悩むところなのだ。
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「ん～。おさわり厳禁ですよ、っと」
もう捕まりそうな気配はない。
ある程度相手側の攻撃（？）範囲も分かってきていて、最小限の転移距離での回避が可能だ。途中でサイコキネシスを使って枝などをジャンプ台代わりに使うといったことも可能になり、さらに距離を詰める速度は上がっていく。
「よぉし。これで到着、かな」
そしてついにこれを始めてから数分で、伊奈野は建物の近くまでやって来れていた。
いかにも神社であると示すような大きな鳥居も見えて、神社はより神社らしさを出している。
そうして伊奈野は森を抜けて神社の前に踏み出し、
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「あっ。森抜けても来るんだ」
森の中だけではないかと考えていた転移をさせてくる人が目の前に現れた。
ここまでくればもう問題ないだろうと油断していた伊奈野は、予想外の転移に少し驚くもののそのもう慣れた接触は行わせずに少し後ろへと転移して避ける。
その次の瞬間、
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「お？早、」
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「２人目！？」
伊奈野が後ろに転移すると即座に巫女服の人がまた伊奈野の目の前に現れた。ここに入ってから転移の速度が増加するのかと思いつつ躱そうとした伊奈野だったが、さらなる追い打ちを受けてその体を送還させられる。
だが、戻されてしまったのも仕方のない事だろう。
何せ、今までの送還させてきた人の２人目が現れたのだから。
「いや、２人じゃなくて、見えてなかったけど私が見えてなっただけで最初に来た人は転移してなくて、実はあの場には３人いたとか？……………あ、ありうる～」
森を抜けて終わりだと思ったのはぬか喜びだったのかもしれないというこの絶望感。
１人なら対応できたが、それが複数となると話は変わってくるのだ。
「残り時間的にあと１分半くらいで終わらせたいけど……………できるかな？まあとりあえずやってみるか～」
このまま勉強せず自由にしていられる時間は、残り２分もない。
その残った時間で複数人の強制送還をかいくぐり神社でお祈りというのはなかなか難しそうに思える。
「と、とりあえず何回かやってみて本当に無理かだけ確かめておこうかな～」
ただそこで諦める伊奈野ではない。
小手試しというわけではないが、当たって砕けるつもりで転移してみる。そこからまた走って追いかけてくる人たちの接触を躱していくことになるのだが、
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り頂きます」
「あなたは条件を満たされておりませんのでお帰り「あなたは条件を満たされておりませ「あなたは条件を「あなたはじょ「あな「あな「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あ「あああああああああ……………
「う、うるさぁぁぁぁい！！！！」
強制送還はとどまることを知らない。
《スキル『跳躍１』を獲得しました》
《スキル『ジャスト回避』を獲得しました》
《称号『３歩進んで２歩下がる』を獲得しました》
《称号『使い以上の器』を獲得しました》
し～あわせわんにゃ～
あ～るいてこ～ない～
