本日2話目
姿勢変化という新しい能力を手に入れた伊奈野は、それまでの過程などはあまりもう思い出すことなどもなくひたすら勉強へと集中して取り組んで行っている。
だがしかし、過去のものに目を向けないのは伊奈野だけであり、
「骸様。これ使えますよね。魔力の消費量もあまり多くはないみたいですし」
『うむ。魔法陣であれば面倒な詠唱などないから余の配下でも使えるな。実にありがたい限りだ』
「転移魔法なら対策をとるのは難しいですからねぇ。絶対使えますね」
骸さんと炎さんはその魔法陣をどうダンジョンの防衛に活かすか考えている。
2人が直接使えるかどうかはともかくとして、骸さんの配下の一部などは確実に使える。
最下層近くへ配置した配下に使わせることができれば、1番下から初めまで戻されるという最悪な部類の経験をさせることになるだろう。
確実にそれをされた侵略者は多大な精神的ダメージを受けるはずである。
もう1回遊べるドン!などという状況をポジティブにとらえることは難しいだろう。
『……………いや、待て。本当に戻すのは初めの場所で良いのか?』
「と、おっしゃいますと?」
『確かこのダンジョンを攻略に来ている多くのものは、この世界の者達と敵対に近い状態になっていたはずだ』
「ああ。それもそうですね。ということは、この世界の人たちと戦いが起きるような場所に転移させようという話ですか?」
『そうなる』
ただでさえ下半身と上半身が逆にくっついたり肘から先と膝から先が入れ替わったりするように体に不調が出るようなことをするのに、そこからさらに最初の地点に戻すという程度では飽き足らないというのだ。
転移先をダンジョンの最初よりもより過酷な場所へ送り込もうというわけだ。
それこそ、
『下手な場所では転移が防がれる可能性もあるからな。とはいっても、ただ殺されるだけや自分で死を選んで万全な状態に戻るだけということになりかねぬ。さらに追い打ちをかけるためにはやはり、路地裏か?』
「路地裏?路地裏になんて転移させてどうするんですか?別に路地裏だからって強いモンスターがいるわけではないんですよね?」
『うむ。ただ一部の路地裏は呪術師という、余と同じ準英雄のテリトリーでな。あの陰湿な奴であれば確実に嫌な呪いを現れた攻略者にかけるであろう』
「あぁ~。呪いですか。何回か転移の時にも名前は出てきましたけど自分あんまりよくその辺分かってないんですよね。まあただ、それが嫌がらせになるならそういうことをしても……………」
手を下すのが自分たちである必要はない。
他の人間を使うことでよりダンジョン攻略までの時間を長くできるだろうと考えるわけだ。もちろん、そうして時間を稼いだ先には世界征服も待っている。
「ちなみに骸様は、そういうものが使える人にも対策を立ててるんですか?」
『それはもちろんだ。同じ禁忌を犯した者同士、お互いの危険性は理解しているからな。敵対すると考えている余はすでに対策を立てている。ただ、向こうがこちらに対策を立てているかは不明だ。敵対することはないと考えてくれていればやりやすいのだがな』
話は世界征服の進捗の方へと広がっていく。骸さんとて、というかだからこそ自身を上回るような力を持つものは大勢知っているし、そういった者たちへの対策もしっかりと考えてはいるのだ。
「……………」
そんな2人の会話を聞き、さらに伊奈野の様子を見ながら中身を分厚くしているのが黒い本。
黒い本にとってみれば見たことのないような転移の変化形も、そして準英雄への対策も両方興味があるものなのだ。聞き逃すわけにも見逃すわけにもいかない。
そうしてそれぞれの思惑が絡み合い、しかしながら何も邪魔が生じることはなく、順調に目標へと近づいて行く。このダンジョン内の特殊な空間に、暗い影は落ちていなかった。
「………ふぅ。便利ですね、やっぱり」
そんな会話や行動があったことは全く気付いていない伊奈野は、順調に集中しつつ転移による姿勢変化の腕を伸ばしていた。もともと2人からは使いこなしていると驚愕されるほどの腕前ではあったが、それでもまだ完璧ではない。
伊奈野は使いながら成長していっているのだ。
《称号『究極の面倒くさがり』を獲得しました》
そして、今のところまだまだ使い始めたばかりでその成長に終わりは見えない。
転移マスターへの道へ明日からも一直線……………かと思われたのだが、
「……………お久しぶりです」
「あっ。師匠。お久しぶりですね」
「あはようございます師匠。この間1日だけいらっしゃったとき以来ですね」
伊奈野は姿勢変化の転移ができない、日本サーバへと何故かやってきていた。
日本サーバ内では魔法の効果が適用されないため転移をしたってなにも変わりはしないし、さらにこの時期はまだ冬休みシーズンであるから人も多くてサーバも重くなる。わざわざ伊奈野が来る必要もないように思えるのだが、
「今日からまたしばらく定期的に来ることになると思います。たぶん、ですけど」
「おや。そうですか。それならよかった。私としてもこの間答えていただけなかった質問がたくさんあるのでありがたいです。ええ。この間答えていただけなかったものがね」
「いやぁ~。ご主人様がいるならまた研究がはかどっちゃうね。僕はとっても嬉しいよ」
伊奈野の言葉に司書はどこか含みがある様子で、そして屈辱さんは屈託のない笑顔でそれぞれ喜ぶ。
こうして定期的にここへ来るという発言をしたから分かるかもしれないが、伊奈野はこれから学校がまた始まるのだ。
伊奈野の短い冬休みはもう開けてしまったのである。
「あぁ。そういえばうるさい人と司書さんは質問に答えられてなかったですね。また今日時間がありそうなら答えますね」
「お願いします」
「ええ。お願いします。結局2人しかこの間は答えてもらえませんでしたからね」
暗に答えてもらった2人は今日は質問するんじゃないぞというような雰囲気を司書さんが出しつつ、これからの予定が決まっていく。
そうしてある程度必要なことを伝えたということでとりあえず本日最初の勉強を始めようとしたところで、
「……………ん」
「あっ」
伊奈野は別の人間と目があい思い出す。
そこから声を出すのは少し勇気が必要だったが、
「や、やっほぉ。マターちゃん」
「ん。やっほ」
伊奈野が話かけるのは、元邪神の使徒で昼寝趣味のネクロマンサー、通称マターことメッキールーマターである。
彼女に誘われて伊奈野はお昼寝イベントに参加したのだが、そのイベントが本当はお昼寝をするイベントではなく瞑想をするイベントだったということで少し精神的な面で伊奈野は心配していたのだ。優勝も近いなどと伊奈野が言っていてかなりその気にさせてしまっていたために、大した結果が得られなくて落ち込んでいるのではないかと。
ただ時間もある程度たっているしさすがに大丈夫かと思い、
「優勝」
「へ?」
「優勝した」
「……………へぁ?」