「申し訳ありません!今日は早く寝させていただきますわ!あと、2日間くらい不規則な生活を送らせていただきますわ!」
「あっうん。どうぞ。大丈夫?体調悪いの?」
「いえ。ちょっとゲームをしたいのですわ!」
「あぁ~…………まあ、ほどほどにね?」
「はい!心得ておりますわ!」
なんて会話が行われて。
興奮した様子で自室へ戻り早い睡眠をとろうとする使用人(同級生)を伊奈野は見送った。
「大丈夫かな?瑠季ねぇも受験なのに」
「こないだも朝眠そうにしてたしね。依存症になってないと良いんだけど」
そんな弟たちの会話も伊奈野の隣で行われている。
ただ、伊奈野も元々ゲームは好きなので気持ちは分からないこともないのであった。
(みんなが勉強してる中自分だけゲームしていると思うと、背徳感があっていいよね)
そんな日の翌日。
「あれ?今日は空いてるんだ」
伊奈野がログインしようと確認してみれば、日本サーバに例の注意書きが表示されていないことに気づく。
また、その日は土曜なのだが、休日に空いているというのはさらに珍しい。伊奈野は疑問に思いながらも日本サーバに入る。
「………………ん。本当にすごい空いてるじゃん」
いつものログイン場所に降り立っても、周囲は静か。普段は人がごった返してがやがやとしているのだが、今日は人影もまばらで活気もない。
本当に何があったのだろうか、事件や事故でもあったのかと思いつつ首をかしげていると、
「ん?もしかして、これの影響かな?」
伊奈野の目の前。そこに答えがあった。
何か風景におかしなところがあるというわけではなく、単純に伊奈野の目の前に選択肢が提示されているのだ。
《イベント『邪神復活阻止戦線』へ参加しますか?》
その後に続くYesとNoの選択肢。
イベントがあるからこそプレイヤーはイベントフィールドに移動しているため、あまり広い範囲のデータを表示せずに済むこともありサーバへの負荷が小さい。
警告の表示が出ないのも納得できることだった。
それと共に、
「あれ?あの子もしかしてこのゲームやってるの?」
昨日聞いた使用人(同級生)の言葉。
ゲームをすると言っても明らかにそのゲームで何かがあるようだったし、それがイベントであるというのなら納得できる話だ。
ただそんな考えは、
「……いや、でもログイン制限あるからあんまり関係ない気もするけど」
すぐにゲームの仕様があるので否定される。
何か数時間おきにゲームへログインしてログアウトしてを繰り返さなければならない理由でもなければ、そんなに不規則な生活を送る必要もないだろう。
「まあ、何のゲームでもいいよね。とりあえず私は勉強しないと」
伊奈野は思考を切り替え転移を行なう。
転移先には見慣れた小屋があり、いつものように彼女は転移した小屋内部で近くのいすに座り机に本を広げた。そのまま流れるようにしてペンを走らせようとする。
…………が、
「あれ?………誰もいない?」
違和感を覚えて周囲を見回してみる。
その眼には、いない時の方が少ないうるさい人もたまにいる魔女さんも、そして日本サーバでは見かけたことのない宗教勧誘少女も映らなかった。
周囲にあるのは、ただただ静かで、ある意味いつも通りな風景。
「窓枠にホコリがたまってる。いつもはきれいだったから、毎日誰か掃除してたけど数日誰も触れてないってこと?もしかして数日間誰もここに来てない?…………誰かいらっしゃいませんかぁ~」
声を張って呼びかけてみる。
しかし、返ってくるのは静寂だけ。
「え?えぇ?ここにすら誰もいないのは微妙に不安になるんだけど……」
この小屋にだって誰もいないことはあった。ただ、今は状況が違うのだ。
いつもとは違い今日はイベントのある日で、プレイヤーも少ない。だからこそ、いつもいる人々がいないというのは少し怖くなってしまう。
「書置きとかないかな………」
伊奈野は探すものを人から自分あてのメッセージに変え、周囲を見回した後に自分の目の前に置いた本をひょいと持ち上げてみる。
するとそこには、
「あっ。あったね書置き。あまりにもいつも通りに動き過ぎて注意がおろそかになってたかな」
書置きが。
本を横にずらし、書置きを読んでみる。
「えぇと。『私たちは数日邪神復活を阻止するために戦いへ向かいます。あまり師匠はご興味ないでしょうが、私たちにとっては大切なものであるためご容赦ください。今回戦う相手はそこまで強いわけではないとのことなので、安心して待っていてくださいね』…………なるほど」
どうやら戦いに向かっているということらしい。
これが普段であれば急な話に心配するところではあるのだが、今回はイベントが発生している。
「プレイヤーとNPCが共同で戦うイベントなのかな?そこに参加してるのなら、不在なのは仕方ないよね」
そういうイベントだというのであれば、そうですかとしか言えない。伊奈野にはどうすることもできないことなのだ。
誰もいなくとも勉強はできる。いつも以上に集中してできると思いながら、彼女は机に向かった
「今日も勉強日和、ですね……………………」
ただ、どこかそのいつもの言葉に力がなかった。